第1回 序品第一 「如是我聞」 (2019.1.15)

「如是我聞(にょぜがもん)」――
 “我が身の上の法門”と生命で聞き、信受すること
 
大要
法華経の説法が行われる舞台や聴衆が紹介され、全体のイメージが明らかになります。
 
シーン1
説法の場所は、「王舎城耆闍崛山」です。
王舎城(おうしゃじょう)は、古代インドのマガダ国の首都で、現在のインド・ビハール州のラージギルに当たるとされています。
耆闍崛山(ぎしゃくつせん)は霊鷲山(りょうじゅせ)のことで、王舎城の東北にある山です。その名は、“山の形が鷲に似ているから”“鷲が多くすむから”との理由から付けられたとされています。
続いて、登場人物が紹介されます。
迦葉(かしょう)や舎利弗(しゃりほつ)など12,000人の比丘(出家した男性修行者)たち、摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)比丘尼(びくに)など6,000人の比丘尼(出家した女性修行者)たち、文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ)や観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)など8万人の菩薩たち、帝釈天(たいしゃくてん)(釈提桓因)などの天界の王や天子など78万……阿闍世王(あじゃせおう)とその眷属(けんぞく)。
その数は、解釈の仕方によって異なりますが、数十万、もしくは数百万とされます。
霊鷲山にいる釈尊の前に、人間だけでなく天界の神々なども含めた、膨大な数の聴衆が集まったのです。
 
シーン2
釈尊(しゃくそん)は、聴衆の前で、無量義処三昧(むりょうぎしょざんまい)(仏の無量の教えの根源の法に心を定める三昧〈瞑想〉)に入って、神通力によって種々の不思議な現象を現します。
「天は曼陀羅華(まんだらげ)・摩訶曼陀羅華(まかまんだらげ)・曼殊沙華(まんじゅしゃげ)・摩訶曼殊沙華(まかまんじゅしゃげ)を雨らして」と、天から花の雨をふらせます。
さらに「普(あまね)き仏の世界は六種に震動(しんどう)す」と、大地が六種に震動します。
これらの現象を目の当たりにした聴衆は、不思議な出来事に歓喜して、釈尊を見つめます。
すると釈尊は、眉間(みけん)にある白毫(びゃくごう)から光を放ち、東方の1万8,000の世界をくまなく照らしだします。それは下は地獄界から、上は有頂天まで届きます。
まるで映画のように、それぞれの世界の様相が映し出されます。
 
シーン3
不思議な現象に聴衆は、“どういうことなのか?”と、疑問を抱きます。
釈尊の次に仏になるとされている弥勒菩薩(みろくぼさつ)が代表して、過去から仏に仕えてきた文殊師利菩薩(もんじゅしりぼさつ.)なら知っているだろうと質問します。
“どうして、このような不思議な現象がおこったのか?”
文殊師利菩薩は答えます。
“遠い昔、同じような不思議な現象を見たことがある。過去の仏は光を放ち終わって、大法である法華経を説いた。だから今、釈尊もまた、法華経を説かんとされているのであろう”
いよいよ、法華経が説かれる舞台が整ったのです。
 
如是我聞
「序品第一」の冒頭は、「如是我聞(是くの如きを我聞きき)」で始まります。
これは、各経典の冒頭によくある言葉で、「私はこのように聞いた」という意味です。
では、“こう聞いた”と言っている「私」とは、一体だれのことでしょうか。
これは、経典を編纂(へんさん)した人たちです。なかでも、釈尊の侍者として多くの説法を聞き「多聞第一」といわれた阿難(あなん)とされています。
では、一体、何を聞いたのでしょうか。
「如是我聞」の後に述べられる、経典の内容全体を指します。つまり、法華経28品全体のことです。
その上で、大聖人は、「廿八品の文文句句の義理我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり、其の聞物は南無妙法蓮華経なり」(御書794ページ)と仰せです。
私たちにとって「如是我聞」とは、単に“阿難等がこのように聞いた”といった意味ではありません。
法華経28品の一字一句は、ことごとく南無妙法蓮華経の当体である自身のことを説いている”と、自分の外に置いて読むのではなく、自分自身の生命の法門であると全生命で信受していくことです。
池田先生は「法華経の『如是我聞』とは、全生命をかたむけて仏の生命の響きを受けとめ、仏の生命にふれていくことです」(『法華経智慧』普及版〈上〉「序品」)と語っています。
私たちが「法華経」を学ぶに当たっては、決して遠くのことを説いていると捉えるのではなく、自分自身のことが説かれていると読んでいくことが大事なのです。
なるほど
霊鷲山に数十万、数百万ともいわれる、膨大な聴衆が集まったことは、何を表現しようとしているのでしょう。
戸田先生は語られました。
「拡声器もなかった時代に何十万の人を集めて釈尊が講義したと思われますか。法華経の文上からみれば集まったことになっている。これはたいへんな数です。何十万の人を集めて講義したと。それならウソかと。ウソではない。ではほんとうに集まったのか。何十万の人に拡声器もなくて、いくら仏が大音声をだしたからといって講義できましょうか」
「ではウソかというのか。ウソではない。集まったともいえるし、集まらなかったともいえるのです」「その何十万と集まったのは釈尊己心(しゃくそんこしん)の声聞(しょうもん)であり、釈尊己心の菩薩なのです。何十万いたってさしつかえない」(『戸田城聖全集』第6巻)
法華経を「おとぎ話」などといわれることもありますが、集まった聴衆は生命の種々の働きの象徴であり、生命の世界、悟りの世界を表現することで、生命の法、己心の法を説いているのです。
 
法華経智慧』から 
“救われる弟子”から“救う弟子”へ
「如是我聞(にょぜがもん)」の心とは「師弟不二」の心です。それが仏法伝持の極意(ごくい)です。
一切衆生を救おうとする仏の一念と、その教えを体得し弘めようとする弟子の一念が、響きあう「師弟不二」のドラマ――それが「如是我聞」の一句に結晶しているのです。
しかも、法華経は「滅後のための経典」です。「仏の滅後の衆生救済をどうするか。だれが法華経を受持し、弘めるのか」。序品の舞台からすでに、この根本のテーマが奏でられている。
仏の入滅を転機として、“救われる弟子”から“救う弟子”へと転換したのです。これこそ法華経の精神です。だから「如是我聞」の心とは、弟子が決然と立ち上がることです。「さあ、師と同じ心で、民衆を救っていくぞ」と、困難を求めて突き進む、その“大闘争宣言”とは言えないだろうか。
法華経成立の観点から言えば、28品の法華経は、仏の滅後、仏と同じ境涯に立って全民衆を救おうと「如是我聞」した弟子たちによってこそ、まとめられたのであろう。その意味からも、法華経は「師弟不二」の経典です。