大白蓮華 巻頭言 2018年6月号

2018年(平成30年)6月号(No.824)

       我らは「「種を蒔く人」なり
                              池田大作 

 我ら創価家族は「種(たね)を蒔(ま)く人」である。
 妙法という、最極(さいごく)の「幸福の種」を、「平和の種」を蒔いて、蒔いて、蒔き広げていくのである。

 御本仏・日蓮大聖人は、「三世十方(さんぜじゅっぽう)の仏は必ず妙法蓮華経の五時(ごじ)を種(たね)として仏になり給(たま)へり」(1072ページ)と仰せになられた。

 我らが唱え、弘めゆく南無妙法蓮華経の題目は、人ももれなく絶対に「仏」になれる種である。
  それは、地球上はもとより、はるか大宇宙にまで 遍満(へんまん)する「仏界」という生命の蓮華(れんげ)の花を、爛漫(らんまん)と咲かせゆける根源の「仏種」なのである。
 泥沼(どろぬま)の如き濁世(じょくせ)に、この種を忍耐強く蒔(ま)き続け、幸と平和の花園を創(つく)るのが、広宣流布といってよい。

 大聖人は、厳(きび)しき現実社会の真っ只中で悪戦苦關(あくせんくとう)する在家の門下を最大に信頼し、激励なされた。
「其(そ)の国の仏法は、貴辺(きへん)にまかせたてまつり候ぞ、仏種(ぶっしゅ)は縁(えん)に従(したが)って起る」(1467ページ)と。
 使命の国土を離れて、仏法はない。
 自(みずか)らが誓願(せいがん)して躍(おど)り出た宿縁の現場を駈(か)けずり回って、悩める友を励まし続けていくリーダーこそ、 地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)である。
 わが地域の妙法流布を真剣に祈り抜き、積極果敢(せっきょくかかん)に一人一人と会い、智慧(ちえ)を尽(つ)くして社会に貢献(こうけん)する。 この「仏縁」を誠実に、また大胆(だいたん)に結(むす)びゆくことが、信仰している、していないを問わず、人々の心田 (心の大地)へ「仏種」を蒔(ま)くことになるのだ。

  励ましは
   仏縁 広げる
    幸の声
   不退の笑顔で
     勝利の種を

 植物の種には、長い長い歳月を耐え抜く力がある。
 戸田先生が第2代会長に就任された1951年 (昭和26年)、大聖人御聖誕の天地・千葉で約1,000年前の遺跡から蓮華の種が発見された。翌年、見事に開花した「大賀(おおが)ハス」である。時を同じくして、アメリカでも数万年を経た蓮華の種が花開いた。
 戸田先生は、まさしく日蓮仏法が大興隆する瑞相(ずいそう)なりと、それはそれは喜ばれたのである。

「一句妙法(いっくみょうほう)に結縁(けちえん)すれば億劫(おくごう)にも失(う)せず」(793ページ)と仰せのように、ひとたび蒔いた「仏種」は永久に失われない。ゆえに仏法を語った相手が、すぐに信心を始めなくとも、落胆(らくたん)する必要などない。おおらかな心で、その種を育(はぐく)んでいけばよいのだ。

 団地部、地域部、農漁光部、勝利島部をはじめ、誠心誠意、地域に献身(けんしん)して、内外を問わず慕(した)われている創価の長者の方々が、いずこにも光っている。
 皆、分厚い偏見(へんけん)や反発(はんぱつ)にも怯(ひる)まず、仏縁(ぶつえん)を結び続けてきた。自分が苦しい時こそ、人を励まし抜いた。 そして、「現在に眼前(がんぜん)の証拠(しょうこ)あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん」(1045ページ) との御聖訓のままに、勝利の実証を示してきたのだ。

 きょうも、尊(とうと)き「無冠の友」が聖教新聞を褐(かか)げて、 打ち鳴らしてくれる暁鐘(ぎょうしょう)とともに、地涌の「仏縁」 の拡大は始まる。我らの祈りと行動、対話と振る舞いで、楽しく伸び伸びと「仏種」を蒔きゆこうでは ないか!人類の心田(しんでん)を豊かに耕(たがや)しながら!