2012-02-01から1ヶ月間の記事一覧

小説「新・人間革命」 薫風 24 2012年 2月25日

田部忠司は、北九州文化会館の「会館守る会」の責任者であった。このグループは、会館の美化や清掃等に携わる有志の集いである。 前日の二十三日の夜、その任務のため会館に来ていた田部は、山本伸一と言葉を交わす機会があった。 その時、田部は、小倉南区…

小説「新・人間革命」 薫風 23 2012年 2月24日

山本伸一は、さらに、「人のをやは悪人なれども子・善人なれば・をやの罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり……」(御書九三一p)の御文を引き、追善回向について語っていった。 「親子、家族の絆は強い。成仏のためには、生…

小説「新・人間革命」 薫風 22 2012年 2月23日

福富淳之介の歯科医院は、茶色のタイル張りの外壁で、二階建ての建物であった。同行の幹部に山本伸一は言った。 「立派な造りだね。よかった。 三賀君の歯科医院には行けないが、よろしく言ってください」 伸一は、彼らの成長と勝利を、いつまでも見守ってい…

小説「新・人間革命」 薫風 21 2012年 2月22日

翌五月二十三日の午後一時、山本伸一は、北九州創価学会の支部結成十七周年を記念する勤行会に出席した。 伸一の会長就任式となった、一九六〇年(昭和三十五年)五月三日の本部総会の席上、北九州創価学会の淵源となる、八幡支部と筑豊支部が結成され、十七…

小説「新・人間革命」 薫風 20 2012年 2月21日

九州歯科大学の学生であった三人の青年たちは、入会後、両親に、幸せになってほしいとの思いを強くしていった。 彼らは、両親の入会を真剣に祈るとともに、気遣いを大切にしてきた。帰省する時には、感謝の思いを込めて、アルバイトでためたお金で土産を買っ…

小説「新・人間革命」 薫風 19 2012年 2月20日

山本伸一は、大内堀義人に言った。 「研究者のなかには、ともすると、独り善がりになり、自分が、いちばん偉いように思ってしまう人がいる。 すると、研究面でも、視野が狭くなり、伸びていかなくなってしまうものです。すべての人から学んでいこうという、…

小説「新・人間革命」 薫風 18 2012年 2月18日

大内堀義人は、山本伸一に語った。 「私は、現在、母校の九州歯科大学で助手をしております。大学卒業後、炭鉱の病院に勤めておりましたが、炭鉱の閉山にともない、病院も閉院したため、大学に戻りました。 今後の進路として、このまま母校で研究・教育の道…

小説「新・人間革命」 薫風 17 2012年 2月17日

九州歯科大学の福富淳之介、三賀正夫、大内堀義人の三人は、一生懸命に学会活動に取り組んだ。 弘教に励むと、生命の躍動感がみなぎり、広宣流布に生きる喜びを実感することができた。 彼らは、経済的な逼迫も、苦には感じなかった。よく一緒に即席麺をすす…

小説「新・人間革命」 薫風 16 2012年 2月16日

学生部の先輩のなかには、生活が大変な福富淳之介や三賀正夫を心配し、餃子などを持って、下宿を訪ねてくれた人もいた。 「大聖人は、池上兄弟の奮闘を見て、『未来までの・ものがたり(物語)』(御書一〇八六p)と賞讃されているんだよ。 君たちも、その戦…

小説「新・人間革命」 薫風 15 2012年 2月15日

池上兄弟の父・左衛門大夫康光によって、兄の右衛門大夫宗仲が勘当されたということは、弟の兵衛志宗長にとっては、家督相続のチャンスが巡ってきたことになる。 鎌倉時代の武家社会にあって、勘当は、家督相続権を失い、経済的基盤も、社会的な立場も失うこ…

小説「新・人間革命」 薫風 14 2012年 2月14日

座談会で感嘆した三賀正夫は、恒光吉彦の強い勧めもあり、『もっと創価学会のことを知ろう』と、入会したのである。 恒光は、三賀と福富淳之介が入会した翌年には九州歯科大学を卒業し、故郷の宮崎県に帰っていった。 学内では、大内堀義人、三賀、福富の三…

第1回 声仏事を為す      (2012.2.1付 創価新報)

池田名誉会長が語る 勝利の人間学 第1回 声仏事を為す (2012.2.1付 創価新報) 妙法の音律が力に 信心の根本は題目である。 白馬が大草原を颯爽と駆けていくような、清々しい唱題を心がけたい。 その題目の声が、行動となる。力となり、エネルギーとなる。…

小説「新・人間革命」 薫風 13 2012年 2月11日

三賀正夫は、九州歯科大学の二年先輩にあたる学会員の恒光吉彦と、「どうすれば無歯科医村をなくせるか」について、語り合ったことがあった。 「国の制度を変え、歯科医のいない地域への勤務を義務づけるべきだ」とする三賀の意見に対して、恒光は言った。 …

小説「新・人間革命」 薫風 12 2012年 2月10日

三賀正夫は、九州歯科大学の二年先輩にあたる学会員の恒光吉彦と、「どうすれば無歯科医村をなくせるか」について、語り合ったことがあった。 「国の制度を変え、歯科医のいない地域への勤務を義務づけるべきだ」とする三賀の意見に対して、恒光は言った。 …

小説「新・人間革命」 薫風 11 2012年 2月9日

漢方医は福富淳之介に、生命は三世永遠であることや、「色心不二」「依正不二」「一念三千」など、仏法の生命哲理を語っていった。 福富が、初めて耳にすることばかりであった。彼は、常々、疑問に思っていた生命の不可思議について、次々と質問した。 疑問…

小説「新・人間革命」 薫風 10 2012年 2月8日

三人の青年歯科医は、山本伸一の指導に、大きく頷いた。 最初から懇談会に参加していた、小倉北区の男子部長・福富淳之介は、福岡県田川の出身で、入会は一九六八年(昭和四十三年)三月、九州歯科大学の三年生の時であった。 彼は、人体解剖の実習で、激し…

小説「新・人間革命」 薫風 9 2012年 2月7日

九州の幹部が、山本伸一に言った。 「北九州には、福富さんのほかに、あと二人、男子部の幹部として活躍している歯科医師がおります」 「みんな、よく知っています。四年前、北九州で行われた九州青年部総会のあとに、お会いしました。ほかの二人は元気かな…

小説「新・人間革命」 薫風 8 2012年 2月6日

青年たちは、一言も聞き漏らすまいと、真剣な表情で、山本伸一の話を聞いていた。 伸一は、その真摯な姿勢に好感をいだき、少しでも多くのことを語っておこうと思った。 「司会者は、勤行の副導師を務めることもあるので、今日は、副導師の基本についても話…

小説「新・人間革命」 薫風 7 2012年 2月4日

懇談会の参加者の目は、吸い寄せられるように、山本伸一を凝視していた。 司会の在り方について、これほど詳細に話を聞いたのは、皆、初めてであった。 伸一は、さらに、司会者に求められる要件について語っていった。 「臨機応変な対応力をつけることも、司…

小説「新・人間革命」 薫風 6 2012年 2月3日

山本伸一の話を聞いて、安宅清元には、思い当たる節があった。本部幹部会が行われる 福岡県の男子部長である彼は、諸準備に多忙を極め、睡眠不足が続いていた。 また、前日も、当日も、十分な唱題の時間が取れぬまま、本部幹部会を迎えてしまったのだ。 司会…

小説「新・人間革命」 薫風5 012年 2月2日

戸田城聖が出席した最後の大行事となった、一九五八年(昭和三十三年)三月十六日の広宣流布記念の式典で司会を務めたのも、山本伸一であった。 当初、式典には、戸田の友人である、時の総理大臣も出席する予定であった。 集った六千人の参加者は、日本の未…

小説「新・人間革命」 薫風 4 2012年 2月1日

「小樽問答」は、学会に入会した身延系日蓮宗の檀徒であった夫妻に、日蓮宗の僧が、学会に御本尊を返却するように勧め、脱会を促したことに端を発している。 それが、教えの正邪をめぐって、日蓮宗と日蓮正宗との法論対決へと発展していったのだ。 しかし、…

小説「新・人間革命」 薫風 3 2012年 1月31日

安宅清元は、再び司会として、全身の力を振り絞る思いで、次の登壇者を紹介した。 山本伸一は、黙って頷きながら、安宅に視線を注いでいた。 本部幹部会が終わると、安宅は、伸一に手紙を書いた。自分の失態を詫び、「必ず、日本一の司会ができるように、頑…

小説「新・人間革命」 薫風2 2012年 1月30日

山本伸一は、山口訪問を終え、北九州文化会館に到着するや、直ちに、記念植樹、記念碑の除幕式に臨んだのである。 それから彼は、館内を回った。北九州文化会館は、一月に開館した新法城である。 伸一は、九州の幹部らに言った。 「北九州は、先駆の使命を担…

小説「新・人間革命」 薫風1 2012年 1月28日

九州が ありて二章の 船出かな これは、創価学会が、「広布第二章」の大空へ新たな飛翔を開始した一九七三年(昭和四十八年)の三月、北九州市で開かれた第一回「九州青年部総会」を記念して、山本伸一が詠んだ句である。 句には、九州の同志が担うべき、広…

小説「新・人間革命」 共戦62

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