小説「新・人間革命」 薫風 3 2012年 1月31日

安宅清元は、再び司会として、全身の力を振り絞る思いで、次の登壇者を紹介した。
山本伸一は、黙って頷きながら、安宅に視線を注いでいた。
本部幹部会が終わると、安宅は、伸一に手紙を書いた。自分の失態を詫び、「必ず、日本一の司会ができるように、頑張ってまいります」と、決意を認めたのである。
伸一は、彼の青年らしい、その前向きな心意気が嬉しかった。
人には、必ず失敗があるものだ。失敗は、恥ではない。そのことで落ち込んでしまい、くよくよして、力を発揮できない弱さこそが恥なのだ。
また、同じ失敗を繰り返すことが恥なのだ。失敗があったら、深く反省し、そこから何かを学ぶことだ。そして、二度と同じ過ちを繰り返さないことだ。
さらに、それをバネにして、大きな成長を遂げていくのだ。
その時、失敗は財産に変わるのである。
九州にゆかりの作家・長与善郎は、小説の登場人物に、青年への期待を語らせている。
「自分の信ずるとおりに大きく歩きぬいて、次のいい時代の先駆者になり、人類の柱になってほしく思う」と。
それは、伸一の思いでもあった。
北九州文化会館の懇談で、伸一は、安宅をはじめ、青年たちに言った。
「今日は、司会について語っておきます。司会者は『会の進行を司る人』なんだから、会合を行ううえで、極めて重要な役割を担っているんです。
会合の成否は、司会によって決まる部分が大きい。
したがって、司会者は、『自分が、この会合の一切の責任をもつのだ』『自分の一声で、会場の空気を一変させ、求道と歓喜の、仏法の会座へと転ずるのだ』という決意がなくてはならない。私も、そうしてきました」
伸一は、青年時代、さまざまな会合の司会を担当してきた。
なかでも、彼にとって忘れ得ぬ司会となったのが、一九五五年(昭和三十年)三月十一日、北海道・小樽市公会堂で行われた「小樽問答」であった。