2016-03-01から1ヶ月間の記事一覧
先日(20日)、青年時代からよく通った懐かしい文京区内を車で回り、文京文化会館を視察した。 また、この日、伸びゆく未来部の希望コンサートが同区内で行われていることも、うれしく伺った。 未来は青年で決まる。 戸田先生は叫ばれた。 「科学も、文化…
山本伸一は記念提言で、「エゴイズムの正当化」によって科学技術の発達がもたらされたが、そうした人間中心主義は、公害の蔓延等の事実が示すように、既に破綻をきたしていると述べた。 そして、東洋の発想である自然中心の共和主義、調和主義へと代わらなけ…
山本伸一は、記念提言で、「地方の時代と創価学会の役割」にも言及していった。 そして、社会に生きる限り、「私ども一人ひとりも、地域に深く信頼の根を下ろし、人びとの心のひだの奥にまで分け入り、苦楽を共にし合う決意がなくてはならない。 そうした地…
爽快な秋晴れであった。 暗雲を払い、威風も堂々と進む創価の同志の心意気を表すかのように青空が広がった。 一九七八年(昭和五十三年)十一月十八日午後、創価学会創立四十八周年を記念する本部幹部会が、本部総会の意義をとどめて、東京・荒川文化会館で…
加古川文化会館の勤行会で、山本伸一は、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書一一九二ページ)との御文を拝して指導。 生活、仕事、商売等、人生のすべては、信心によって勝利していけることを述べ、「大確信の信心を!」と力説した。 …
山本伸一は、泉州文化会館での各部合同勤行会を終え、南大阪文化会館(後の羽曳野文化会館)へと向かった。 スケジュールにはなかったが、大ブロック長会があると聞き、急遽、 激励に訪れたのである。 一瞬たりとも無駄にしたくなかった。 わずかでも時間が…
山本伸一は、泉州の女子部総会に続いて行われた、各部合同勤行会にも出席した。 この参加者は、泉州文化会館を菊の花で荘厳するために、丹精込めて菊を育てた各大ブロックの有志たちであった。 二日前、咲き薫る菊の花を見た伸一は、関西の幹部に、「この花…
世界各国の都市が連携強め低炭素社会への移行を加速 多くの市民の納得と誇りが推進力に 次に私が、こうした国家間の協力に加えて呼び掛けたいのは、各国の都市が温暖化防止対策で連携し、パリ協定の推進を牽引する水先案内人の役割を担っていくことです。 面…
苦しみ抱える人々の声に耳を傾け地球的課題の解決を! 仙台防災枠組で掲げられた原則 こうした教育のアプローチと併せて、私どもSGIがすべての活動の基盤として重視してきたのが、対話の実践です。 「誰も置き去りにしない」世界を築くために、まずもって…
きょう26日の第41回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田大作SGI会長は「万人の尊厳 平和への大道」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連で昨年9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の基調をなす、「誰…
釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり (諸法実相抄、1360ページ) (通解) 釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏・諸菩薩が虚空会にあって、釈迦・多宝の二仏がうなず…
人身(じんしん)は受(う)けがたし爪(つめ)の上の土・人身は持(たも)ちがたし草の上の露(つゆ)、百二十まで持(も)ちて名(な)を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ (崇唆天皇御書(すしゅんてんのうごしょ)、1…
御 文 上行菩薩・末法の始の五百年に出現して南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして無明煩悩の闇をてらすべし (寂日房御書(じゃくにちぼうごしょ)、903ページ) 通 解 (法華経神力品(ほけきょうじんりきぼん)の「斯人行世間(しにんぎょうせけ…
一句(いっく)妙法に結縁(けつえん)すれば億劫(おくごう)にも失(う)せずして大乗無価(だいじょうむげ)の宝珠(ほうしゅ)を研(みが)き顕(あらわ)すを生値仏法(しょうちぶっぼう)と云うなリ所謂(いわゆる)南無妙法蓮華経の仏法なり (御義口…
仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者(ちしゃ)とならで叶(かな)うべきか (報恩抄(ほうおんしょう)、293ページ) 〈通解〉 仏教を学ぼうとするものが、どうして父母(ふぼ)の恩、師匠…
春季彼岸勤行法要に当たり、私も、ご尊家の亡くなられたご家族の方々、そして広宣流布に連なる全ての故人と先祖代々の追善回向を懇ろに行い、三世永遠にわたる安穏と福徳を心から祈念させていただいております。 御義口伝には「題目の光無間に至りて即身成仏…
森川一正は、「泉州の歌」の歌詞を、朗々と読み上げていった。 一、桜と朝日の泉州は 満つる功徳に笑顔あり あの人この人元初より 不離の同志か兄弟か 二、ああ平和なりこの大地 幾百万の雄叫びは 歓喜のスクラム道拓く 勇み歌えや我友よ 三、天に月あり地に…
十一月十二日の午前中、山本伸一は岸和田市の泉州会館を視察した。 一九六四年(昭和三十九年)秋に設けられた、二階建ての小さな会館である。 泉佐野市に泉州文化会館が完成するまでは、ここが泉州方面の活動の中心となっていた。 人びとの関心は、新しいも…
山本伸一は、勤行会であいさつを終えると、メーン会場に入れず、別室でスピーカーから流れる音声を聴いていた人のもとへと急いだ。 そして励ましの言葉をかけたあと、ピアノに向かった。 「私は、ピアノは上手ではありません。しかし、皆さんが喜んでくれる…
山本伸一は、家族への婦人部の接し方について、具体的に語っていった。 「お母さんは、子どもに、『明日、試験でしょ。 お題目は唱えたの? やらないから成績がよくならないのよ!』などと、ガミガミ、短絡的、攻撃的に言う傾向がある。これは慈悲とはほど遠…
山本伸一は、さらに、永井明子の子どもたちに語っていった。 「あなたたちのお母さんは、著名人のように脚光を浴びることはないかもしれないけど、世の、いかなる女性指導者よりも、尊く、偉大な女性です。 庶民の王者として、幸福博士として、最高の勲章を…
永井明子は、春季合同慰霊祭での山本伸一の激励を、決して忘れなかった。 挫けそうになるたびに、その時の言葉を思い起こしては、自分を鼓舞して唱題し、学会活動に励んだ。 懸命に、誠心誠意、仕事に取り組む彼女を、次第に周囲の人たちも応援してくれるよ…
日蓮大聖人は、門下に女の子が生まれたと聞かれ、「春の野に華(はな)の開(ひら)けるが如(ごと)し」(御書1110ページ)と祝福(しゅくふく)なされた。 いずこであれ、妙法を唱え広める女性は、試練(しれん)の冬を勝ち越え、希望の春を呼び、喜びの華…
今、創価の友は、わが地域から社会へ、希望の対話を広げ、生き生きと人間主義の連帯を築(きず)いている。 新時代の2月闘争だ。友の奮闘(ふんとう)に感謝(かんしゃ)しつつ、この20日に「渋谷の日」を迎える、東京・渋谷平和会館の前を車で通った(17日…
戸田城聖先生を偲(そいの)び、生誕の日に恩師記念会館で勤行・唱題した(11日)。広宣流布の大願に生き抜かれた崇高(すうこう)な生涯を仰(あお)げば、無限の勇気が湧(わ)き上がる。 巌(いわお)のごとき師であった。 恐(おそ)れなき師子であった…
「冬は必ず春」を我らが実証 東北の負けじ魂はいよいよ厳たり あの未曽有(みぞう)の「東日本大震災」から、5年の節を迎えました。 私は、妻と共に、一段と強く深く、全ての犠牲者のご冥福(めいふく)を祈り、追善回向(ついぜんえこう)の題目を送ります…
永井明子の一家は、一九五九年(昭和三十四年)二月に入会した。 信心を始めて六年半、タイル施工業を営む夫の忠が交通事故に遭遇した。 九死に一生を得たものの、高熱と極度の頭痛に苦しみ、入院生活が続いた。 忠は、自分が社会復帰できなかった時のために…
勤行会終了後、山本伸一は泉州文化会館の館内を回り、会う人ごとに励ましの言葉をかけた。 また、代表との懇談会を行ったほか、数人の婦人部幹部とも語り合った。 彼は、この語らいの折、泉州地域から成る第七大阪本部の婦人部長・井草香に、微笑みながら話…
泉州文化会館の開館記念勤行会は、山本伸一のあいさつとなった。 そのなかで彼は、「信心の基本とは何か」に言及していった。 「それは、究極的には“御本尊根本”ということに帰着します。 では、“御本尊根本”とは、いかなる生き方をいうのか──。 人生は、何…
二十二年前に山本伸一と食事をしながら懇談した人たちは、その時に出し合った食事代が百円であったことから、「百円会」という名をつけ、以来、共に広布の誓いに生きようと励まし合いながら、前進してきたのだ。 人生には、さまざまな思い出や、転機となる出…