第1回 「平和の文化」とは? 元国連事務次長 アンワルル・K・チョウドリ​(2019.1.10)

持続可能な世界は一人の“心の変革”から
本年は、国連で「平和の文化に関する宣言と行動計画」が採択されて20周年。昨年12月の国連総会でも、その意義を確認し、推進に一段と力を入れ
ていくことが決議された。
新連載「私がつくる平和の文化」では、一人一人が「平和の文化」を築く主体者として何ができるかを考えていく。
第1回は「宣言と行動計画」を採択に導いた元国連事務次長のアンワルル・K・チョウドリ博士に、「平和の文化」の概念と実践について聞いた。
(構成=内山忠昭、歌橋智也)​​
 

――「平和の文化」の意味について教えてください。 

 

博士 「平和の文化」とは、私たち一人一人が日常の中で「平和と非暴力」を自分の生き方にしていくことです。 

例えば人と接する時、攻撃的になったり、暴力を使ったりしない。軽蔑したり、無視したり、偏見を持ったりしない。
そうした生き方を身に付けていくことです。
平和といっても、どこか遠くにあるものではないからです。

ここでいう暴力には、「言葉による暴力」も含みます。

平和でなければ個人も集団も、成長したり、人生の困難に立ち向かったりする力を培うことはできません。

何か問題が起きても、どこまでも対話を通して互いを理解し、協力し合う努力をして、解決することが重要なのです。

「平和の文化」を根付かせるためには、一人一人の、そして、全ての人の自己変革への努力が必要です。
一人が「暴力を使わずに協力し合うことは可能だ!」との信念を持ち、実際に非暴力で争いを解決できれば、それは世界に対する偉大な貢献になり

、その波動は大きく広がっていくのです。 

 

――「平和の文化」という概念は、いつ、どのように生まれたのでしょうか。 

 
博士 厳しい対立が続いた冷戦がようやく終結した時、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければ
ならない」という「ユネスコ憲章」が注目されました。
世界の平和を持続可能なものにするためには、結局、人間自身の価値観や行動そのものを変革するしかない――そうした視点から「平和の文化」という概念が生まれたのです。

そして1989年に、“人の心の中に平和を”とのテーマで開かれたユネスコの国際会議で「平和の文化」がクローズアップされ、世に知られるようになりました。

96年、バングラデシュ国連大使としてニューヨークに赴任した私は、「平和の文化」は人類にとって素晴らしい考えだと感じ、97年に他の大使
らと共に「平和の文化」を国連総会の議題に提案する書簡を、コフィ・アナン事務総長(当時)に送りました。
結果として、97年には2000年を「平和の文化国際年」にする決議が、そして98年には、2001年から10年までを「世界の子どもたちのための平和の

文化と非暴力の国際10年」とする決議が採択されたのです。

19981216日、国連安全保障理事会で私は「国際平和も安全保障も、国家による行動だけでなく、『平和の文化』と非暴力を全ての人と活動に
浸透させてこそ強化される。『平和の文化』の目的は人々のエンパワーメント(内発的な力の開花)にある」と訴えました。
99913日、国連は「平和の文化に関する宣言と行動計画」を採択。その時、私は起草委員会の議長として9カ月にわたる交渉に当たりました。

この画期的な採択によって、新たな千年に向けて、国境を越え、文化、社会、国家を超える“人類の憲章”が定められたのです。

さらに、昨年1212日には、「2019913日には採択20周年を祝う」と決議されました。

ですから今回、このように「平和の文化」について取り上げていただくことは大きな喜びです。

「行動計画」では、8つの具体的な行動領域(注)を定めており、これは国家間の取り決めではありますが、各国政府、市民社会、メディア、個人
が、行動の主体として重視されています。
 
世界市民」の育成を

――「平和の文化」の構築をリードする博士の情熱と信念の背景には、何があるのでしょうか。  

 

博士 私が、人類と地球の生存にとって
「平和の文化」が極めて重要であると信ずる背景には、二つの要素があると思います。
第一に、バングラデシュの大家族の伝統の中で育った私は、人と接する中で世の中への理解を深め、コミュニケーション能力を磨き、共感と慈愛
の心を育むことができました。

両親から学んだ最も大切なことは、誰に対しても平等に接することです。

もう一つは、19713月から始まったバングラデシュの独立闘争に参加したことです。
当時、私は外交官で、独立への国際的な支持を集めることに奔走しました。
逃れてきた難民の話や、暴力が生み出した悲惨な状況を目の当たりにし、胸が張り裂けるような衝撃を受けました。

この時の経験から、開発のための多国間の協力、平和の文化、男女平等、子どもの権利を重視するようになったのです。 

 

――私たちが「平和の文化」を推進する上で、大切な点はどのようなことですか。  

 
博士 「平和の文化」の核心は、一人一人の心の変革であり、考え方を変えていくことです。生活のちょっとしたことから、自身の振る舞いを変
え、人への接し方を変えることで実現できるのです。
これを世界的な流れにするには、私たち一人一人が平和と非暴力を信念にすることです。

この信念と行動を“一人から一人へ”と広げることが、公正で持続可能な平和を実現するただ一つの道です。

また、全ての教育機関は、子どもたちに、自らが充実した人生を歩むためだけではなく、責任ある「世界市民」になるための教育に取り組むべき
です。
そのために、教育者は彼らの心に「平和の文化」を育み、個々の力を引き出すカリキュラムを導入すべきです。
継続的、体系的な「平和教育」が不可欠です。
私たちの心をコンピューターに例えれば、考えや行動の優先順位を、「暴力」から「平和の文化」へと転換するソフトウエアが、この「平和教育」に当たります。
特に乳幼児期は、「戦争の文化」から「平和の文化」へ転換する“種”を植える大切な時期だと思います。
子どもの頃の体験、受ける教育、接する地域活動や文化的土壌は、その人の価値観、態度、伝統、行動様式、生き方を形成します。
この時期にこそ、「自分が平和と非暴力の主体者になろう」という基本を教えることが大切です。
 
女性と青年の力
博士 池田SGI会長は、特に女性と青年のエンパワーメントこそ、「平和の文化」建設の重要な要素であると明言されています。
池田会長が言われるように、男性より女性のほうが、社会のため、現在と未来の世代のために何が最善であるかに深く心を砕いています。

また、青年には、「平和の文化」が自分の人生のみならず、世界の未来をも創っていくのだという自覚に立ってほしいのです。

池田会長は長年、「平和の文化」建設のパートナーとして多大な献身をされ、そのもとで、創価学会女性平和委員会が、草の根の「平和の文化」
啓発運動を推進されていることをうれしく思います。
「平和の文化に関する宣言と行動計画」採択20周年となる意義深き本年、私たち一人一人が、人類のため、持続可能な地球のため、世界をよりよ
くするために、「平和の文化」を大きく推進していきましょう!
 
 

【注】「平和の文化」の行動領域

 
 1-教育による「平和の文化」

 2-持続可能な経済・社会的発展

 3-あらゆる人権の尊重

 4-女性と男性の平等を保障

 5-民主的な参加の促進

 6-理解と寛容、連帯

 7-コミュニケーションと情報の自由な流通

 8-国際的な平和と安全
 
 
長編詩「平和を! 平和を! そこに幸福が生まれる」より
 
 
  平和は遠くにあるのではない。

 一人の人を 大切にすることだ。

 お母さんを泣かせないことだ。

 自分と違う人とも語り合っていくことだ。

 喧嘩があっても賢く仲直りすることだ。

  そしてまた

  美しい自然を護っていくことだ。

 豊かな文化を育てていくことだ。

 人の不幸の上に自分の幸福を築かないことだ。

 喜びも苦しみも皆で分かち合っていくことだ。

 わが友を幸福にできる人が幸福の博士なのだ。

 

                    池田大作