生きることは「学ぶこと」

池田大作先生 四季の励まし 
生きることは「学ぶこと」

 「生きること」は、
 即「学ぶこと」であり、
 「生活の現場」を、
 即「成長の道場」と
 していくなかに、
 人間教育の芸術が
 あるといっても、
 決して過言ではない。
 自らの可能性を
 開花させていく上では、
 自らと
 異なるものと出あい、
 そこから積極果敢に
 学びとっていくことが、
 絶対に不可欠である。

 「学ぶ」という
 命の構えが確立した人は、
 どんなに苦しい現実に
 直面しても、
 その苦悩に引きずられて
 しまうことはない。
 一切を、自らの向上と
 創造と勝利のバネに
 転じられるからだ。

 何のために学ぶのか。
 身に付けた英知は、
 誰のために使うのか。
 あくまでも、
 民衆の幸福のためである。
 この責任感に徹する時、
 真実の才能は
 行き詰まることなく、
 十全に発揮されるだろう。

 人は、「教育」によって、
 初めて「人間」となる。
 単なる
 知識の伝授ではない。
 才能の開発だけでもない。
 教育とは、
 過去から未来へ向かって、
 「人間性」を確実に
 継承しゆく大道である。
 わが愛する創価大学よ!
 創価大学は、
 私の生命そのものだ。
 創価大学がある限り、
 牧口・戸田両先生から
 受け継いだ
 人間教育の崇高な魂は、
 永遠に不滅である。

 「学は光」である。
 生涯、学び続けることだ。
 成長し続けることだ。
 その人が、
 人生の勝利者
 光っていくことができる。
 自身のなかに
 確固たる規範はあるか。
 哲学はあるか──
 それによって、
 人物の偉大さは決まる。


 「人間教育の世界的拠点」へ発展する創価大学創価女子短期大学(東京・八王子市)。来月5、6日には「創大祭」「白鳥祭」が一般公開される。
 本年7月、創立者池田大作先生が香峯子夫人と共に、創大キャンパスを車で視察。
白亜の文系校舎A棟をカメラに収めた。
 このA棟前に立つブロンズ像の台座には、先生が贈った言葉が刻まれている。「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」
 大学へ送り出してくれた両親をはじめ、支えてくれる人々への感謝を忘れてはならない──。創立者の思いを胸に、創大生、短大生は学びの青春を送っている。私たちもまた、生涯青春の心で自らを磨き、世界市民の連帯を大きく広げていこう。

(2019年9月29日 聖教新聞)

「向上の人」こそ偉大!

池田大作先生 四季の励まし
「向上の人」こそ偉大!

 人間の幸福といっても、
 自分の臆病や
 怠惰などの弱さと戦い、
 勝つことから始まる。
 人間革命とは、
 自己自身に
 勝利していくことである。
 大事なことは、
 強盛な信心に励み、
 大功徳を受け、
 生活も豊かになり、
 幸福に満ち満ちた
 悠々たる大境涯に
 なっていくことである。
 そのための
 学会の活動である。

 「人と比べる」よりも、
 「きのうの自分」と
 比べてどうか。
 「きのうの自分」より
 「きょうの自分」、
 「きょうの自分」より
 「あすの自分」を見よ――
 そう生き抜く
 「向上の人」こそ、
 偉大なる人生の山を
 登りきれる人である。
 「栄光の旗」は
 「努力の風」にこそ
 悠々と、はためく。

 人間革命とは、
 一面からいえば
 「一流の人間」に
 成長することでもある。
 一流の人は、
 「力」とともに
 「人格」も立派だ。
 誠実である。
 何ごとも、
 薄っぺらな策ではなく、
 自分の全人格で
 ぶつかっていくことだ。

 「勇気」が
 「慈悲」に通ずる――
 戸田先生の至言である。
 真実を語り、
 正義を叫び抜く。
 折伏の功徳は、
 限りなく大きい。
 自分が得をする。
 相手も得をする。
 そして一家一族へ、
 社会へと、福運は
 幾重にも広がっていく。
 広宣流布のために動こう
 ――その心が功徳を生む。
 対話の秋である。
 にこやかな笑顔で、
 陽気に
 歌を口ずさむように、
 快活に進もう!


 降り注ぐ陽光。眼前には、青々とした竹林が広がっていた――。先月上旬、池田大作先生が日高市の埼玉池田研修道場を訪れ、庭園の竹をカメラに収めた。
 一本一本の竹は、土の中で地下茎でつながり、ため込んだ大量の栄養分を吸収しながら、勢いよく伸びていくという。皆で支え合って生き生きと成長する姿は、一人一人の人間革命を目指し、「異体同心の団結」で前進する創価家族と重なる。
 小説『新・人間革命』の連載完結から1年。世界の同志も『新・人間革命』を“心の滋養”としながら、広布拡大に挑戦している。
 さあ、世界の創価家族と共に前進し、わが人間革命の勝利劇をつづりゆこう!
(2019年9月15日 聖教新聞)

未来部の成長を世界が待つ

池田大作先生 四季の励まし
未来部の成長を世界が待つ

 未来部の一人一人こそが、
 全宇宙にも等しい
 尊極の宝の生命そのものである。
 どれほど素晴らしい智慧を持ち、
 才能を持っていることか。
 使命のない子など
 一人としていない。

 たとえ、君が、貴女が、
 自信を持てなくても、
 私は皆さんを信じます。
 皆さんの無限の可能性を信じます。
 皆さんの無敵の勇気を信じます。
 「できない」理由を探すよりも、
 「できる」と決めて、
 努力した方が絶対にいい。
 仮に思った通りの結果が
 出なかったとしても、
 努力したことは、必ず生きる。

 お父さん、お母さんに
 楽をさせてあげるんだ。
 立派になって喜んでもらうんだ――
 そう決意できる人は強い。
 親孝行をしようという心が、
 自分自身を成長させるのです。
 皆さんは、ご両親に感謝の言葉を
 伝えていける人であってほしい。
 劇を演じるようなつもりで、
 心の思いを言葉にしていくのです。
 皆さんの真心の言葉が、
 どれほどうれしいか。
 どうか、聡明で朗らかな家庭を
 つくっていってください。

 尊き宝の君たちよ!
 ぼくの開いた平和の道、
 友情の道を、さらに大きく広げ、
 この地上から、貧困を、飢餓を、
 差別を、戦争を、あらゆる悲惨を、
 必ずや根絶してくれたまえ。
 そのために、強くあれ!
 勇敢であれ! 聡明であれ!
 自分を鍛え、挑戦し、
 貪欲に学ぶのだ。
 君たちの成長を、
 胸を躍らせながら、
 ぼくは待っている。
 世界が待っている。

 上へ上へと伸びる木々。夏の太陽に照らされ、辺り一面の緑が光り輝いていた。今月上旬、池田大作先生が長野研修道場を訪問した折、シャッターを切った。
 草木が成長するには、水や空気、日光や土壌など、さまざまな条件が必要となる。人間も同じだろう。
 アメリカの哲学者デューイは、子どもの成長における大人の関わり方について言った。「成長は片手間に仕上げられるようなものではない。それは絶え間なく未来に進んで行く過程なのである」(松野安男訳『民主主義と教育』岩波文庫
 子どもを育てることは未来をつくること。後継の育成に携わる各部の友の使命は深く、大きい。
 今月31日まで「未来部躍進月間」。皆で力を合わせ、宝の未来部に励ましを送っていこう。
(2019年8月18日 聖教新聞)

悩みに負けない生命力を

池田大作先生 四季の励まし
悩みに負けない生命力を

 人生の目的は何か。
 「勝利者」になること、
 「幸福」になることだ。
 では「幸福」とは何か。
 その中身は「充実」である。
 では「充実」とは何か。
 「苦難」と戦うことだ。
 苦難がなければ充実はない。
 充実がなければ幸福ではない。
 何の苦労もない幸福など、
 どこにもない。

 信心したからといって、
 悩みの「汚泥」が
 なくなるわけではない。
 「悩みに負けない生命力」が出る
 ということだ。
 むしろ、
 悩みをいっぱいもっていくことだ。
 それらの悩みに
 どれだけ挑戦できるかを
 楽しみにできるような
 境涯になることである。

 大いなる境涯の人は幸福である。
 広々とした心で、
 毎日を生きぬいていける。
 強き境涯の人は幸せである。
 苦しみにも負けることなく、
 悠々と一生を楽しんでいける。
 清らかな境涯の人は幸せである。
 その人のまわりには、
 常に爽やかな喜びが広がっていく。

 希望に満ちて、
 自己の課題に
 挑戦している人は強い。
 どんな困難に直面しても、
 希望を失わないことだ。
 希望の火が消えない限り、
 やがて、いかなる闇をも
 燃やし尽くすことができる。
 いのちある限り、希望はあり、
 希望ある限り、道は開ける。
 その強靱な
 “希望の一念”を育む根源の力が、
 信仰なのである。
 信仰こそ“永遠の希望”である。


 夏の暑さの中、凜と咲く蓮の花。その気高い美しさに心が洗われる――本年6月、池田大作先生が都内でカメラに収めた。
 法華経では、白蓮華が泥水の中にあっても美しい花を咲かせるように、末法濁世にあっても、決して世法に染まることのない清らかな「地涌の菩薩」の姿を、「如蓮華在水(蓮華の水に在るが如し)」と譬えている。
 かつて池田先生はつづった。「どんなに厳しい現実の悩みや、人生の宿命に直面しても、白蓮が泥沼の中から尊貴な大輪の花を薫らせていくように、必ず必ず最高無上の幸福の花を咲き誇らせていける」と。私たちも自身の悩みに負けず、幸福の大輪を咲かせていきたい。

(2019年8月4日 聖教新聞)

“私は勝った”と誇れる歴史を

池田大作先生 四季の励まし
 “私は勝った”と誇れる歴史を

 全国の同志が、
日夜、広布のために、
 懸命に戦ってくださっている。
 仕事や家庭など大変ななか、
 本当に、頑張ってくださっている。
 その功徳は絶大である。
 自己の宿命転換が
 できるだけでなく、
 一家、一族が
 大福徳で包まれていくことは
 間違いない。
 
 全人類を幸福に──
 それが我らの祈りである。
 そのために力を尽くしている。
 しかし、それは、
 一足飛びにはできない。
 自分自身が幸福になり、
 縁した人々をも幸福にしていく。
 この積み重ねのなかに、
 世界平和の大道が開ける。
 
 広宣流布とは「声の戦い」である。
 いかなる悪口罵詈があろうが、
 三類の強敵の迫害があろうが、
 臆病になって、
 沈黙しては絶対にならない。
 正義が勝つか、讒言が増長するか。
 真実が勝つか、デマが蔓延するか。
 広宣流布は、
 言論戦そのものである。
 
 正義の前進が勢いを増せば、
 反動の魔も、当然、競い起こる。
 ゆえに、一日一日、
 一瞬一瞬に勝負がある。
 「今」を勝つことが、
 一切の勝利の出発点である。
 自分の心に?はつけない。
 今いる場所で
 「本当にやりきった!」と
 誇れる勝利を飾るのだ。
 その気概で挑戦を続ける人こそが、
 本当の勇者である。
 わが親愛なる友よ!
 民衆勝利の凱歌を、
 日本全土に、世界の隅々に
 轟かせようではないか!


 「SEIKYO SHIMBUN」の金文字が輝く。本年11月の完成へ工事が進む東京・信濃町の「創価学会 世界聖教会館」。今月13日、池田大作先生が、その外観を車中から撮影した。
 全国の同志は今、社会の繁栄と民衆の幸福のため、破邪顕正の言論戦を堂々と展開している。さあ「立正安国」の大理想を目指して、声も惜しまず語りきり、わが生命に永遠に光る「黄金の日記文書」をつづりゆこう!
(2019年7月20日 聖教新聞)

挑み続ける人が「青年」

池田大作先生 四季の励まし
挑み続ける人が「青年」

 師弟の月・7月!
 青年の月・7月!
 それは、青年部が
 “創価三代”の精神を継ぎ、
 人類の宿命転換の戦いに
 挑みゆく月である。
 民衆の勝利の大旗を、
 威風も堂々と
 打ち立てゆく月なのだ。

 歴史を創るのは人間だ。
 その主役は君自身、あなた自身だ。
 人を頼むな。
 君が、あなたが、
 痛快な創造のドラマを演ずるのだ。
 猛然と立ち上がれ!
 自身の殻を打ち破れ!
 新しき時代は、
 新しき挑戦によって開かれる。

 「戦いを起こす」――
 この一点に、
 日蓮仏法の精髄が脈動している。
 戦いがあるから、
 人は自己の建設と、
 境涯を開くことができる。
 戦いがなければ、
 よどんだ水が腐るように、
 自分で自分の成長を止めてしまう。
 ゆえに、どこまでも、月々日々、
 汝自身の戦いを起こし続けよ!

 はつらつと戦えば、
 いつも若々しい。
 生命が鍛えられ、強くなる。
 そして、強い人は、
 いっさいを善知識とし、
 勝利と成長の糧にしていける。
 わが人生を深く味わい、
 感謝していける。

 大いなる目標に向かう途上には、
 必ず大いなる壁が立ちはだかる。
 たとえ失敗したとしても、
 嘆かず、恐れず、また挑めばよい。
 昨日より今日、
 今日から明日へと、
 たゆみなく前へ前へ
 朗らかに進み続ける――
 その人こそが青年なのだ。

 八王子市の東京牧口記念会館と、青々と茂る木々。今月3日、師弟の縁深き「7・3」に池田大作先生がカメラに収めた。
 7月は「青年の月」である。第2代会長・戸田城聖先生のもと、1951年(昭和26年)7月11日に男子部、同月19日に女子部がそれぞれ結成された。池田先生を中心に青年部は、師弟共戦の誓いを燃やし、広布拡大の推進力となって恩師の願業だった75万世帯の弘教を達成した。
 かつて池田先生はつづった。「創価学会は、永遠に『青年創価学会』である。青年の躍動する創造的生命それ自体が、『創価』の象徴なのだ」と。
 さあ“青年の心”で、自身の広布史に燦然と輝く勝利の証しを打ち立てよう!
(2019年7月7日 聖教新聞)

団結こそ人間勝利の証し 兵庫は関西魂の電源地

池田大作先生 四季の励まし 
団結こそ人間勝利の証し
兵庫は関西魂の電源地

 団結の力は、
 たんなる「足し算」ではない。
 何倍何十倍にも威光勢力を増す
 「掛け算」なのである。
 和気あいあいとした団結の姿は、
 それ自体、人間共和の縮図である。
 この団結のなかにこそ、
 「境涯革命」がある。
 利己主義や自分本位の我見では、
 皆と心を合わせることが
 できないからだ。
 ゆえに、団結できるということは、
 自身のエゴに打ち勝った
 人間勝利の証しなのである。
  
 自分に光は当たらなくとも、
 新しい青年たちを励まし、
 黙々と皆のために
 尽くす存在は貴重である。
 組織が強くなり、
 発展していくには、
 リーダーのもとに、
 そうした陰の力となる人が、
 どれだけいるかが決め手となる。
 広宣流布とは、
 結局は連携プレーであり、
 団結のいかんにかかっている。
  
 異体同心の信心で、
 皆が心を一つにして、
 一緒になって祈っていくことだ。
 皆で破邪顕正の勝利を祈ることが、
 師子王の題目となる。
 皆で祈れば、
 広宣流布の歯車は、
 勢いを増して回転していく。
 祈りこそが
 「最高の戦力」であり、
 「無限の闘争の力」なのである。
  
 勝利の方程式は、常に変わらない。
 一人一人の
 「勇気ある信心」で勝つ!
 一日一日の
 「誠実なる振る舞い」で勝つ!
 そして、
 「異体同心の団結」で勝つ!
 我ら創価家族は、
 不屈の負けじ魂で前進だ。

 澄んだ青空に、赤い神戸ポートタワーが映える。阪神・淡路大震災から9カ月となる1995年(平成7年)10月、池田大作先生が撮った一葉である。
 何本もの鋼管を組み合わせて築かれたタワーは、大震災でもびくともしなかった。それは、不撓不屈の前進を続ける兵庫の同志の雄姿と重なる。
 インドの詩聖タゴールは言った。「人間は孤立すると、自己を見失う。すなわち人間は、広い人間関係のなかに、自らのより大きく、より真実な自己を見出すのである」(森本達雄訳『人間の宗教』第三文明社
 我らには、桜梅桃李の個性を生かす異体同心の団結がある。さあ共に、新たな常勝の金字塔を!



(2019年6月23日 聖教新聞)