2008年1月16日付 聖教新聞 新時代第14回本部幹部会

2008年1月16日付 聖教新聞
新時代第14回本部幹部会 
広布第2幕第1回 全国婦人部幹部会での名誉会長のスピーチ


青年よ第3代の闘争に続け
尊き創価の女性に最敬礼!

幸福の春を! 歓喜の春を! 勝利の春を!
太陽の心で未来を開け
輝く婦人部の新出発おめでとう

 一、本年もまた、よろしく! 勝利の前進を!(大拍手)
 世界16カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の同志の皆様方、ようこそ、尊き研修に来られました。
 ありがとう! ご苦労さま!(大拍手)
 ブラジルの皆さん!
 欧州の皆さん!
 台湾の皆さん!
 シンガポールの皆さん!
 韓国の皆さん!
 アメリカの皆さん!
 本当に、ようこそ、ようこそ! ありがとう!(大拍手)
 一、新出発の婦人部の幹部会も、大変におめでとうございます!(大拍手)
 婦人部がいなければ、学会は成り立たない。
 広宣流布は婦人部で決まる。過去も、現在も、将来も、そうである。
 ますます、婦人部の皆様を大事にしよう!(大拍手)

 芸術の花を!
 一、きょうは、華やかで、偉大な芸術部の皆さん方も参加されている。頑張っておられて、うれしい!
 皆で大いに応援してまいりたい(大拍手)。
 生涯、不退転の信心を貫いていただきたい。
 芸術部で花を咲かせていこう! 学会は、文化の団体なのだから。
 どうか、お元気で、さらなる活躍を! 芸術部は一人の存在が宝です。皆さんの姿を、私の胸に刻みつけておきます。ありがとう!(大拍手)
 
 舞台は世界! 
 一、さらに、スポーツ界で活躍する「創価勇勝会」の方々も、見えておられる。ありがとう!
 素晴らしい、勝利、勝利の歴史を残していただきたい。
 体に気をつけて、ケガをしないように、世界の晴れ舞台を目指して、頑張れ!(大拍手)
 また、無冠の友の皆さん、お体を大事に! 今年もよろしくお願いします!
 そして、成人式を迎える人も、おめでとう!
 親孝行している人?〈「ハイ」と返事が〉
 ちょっと返事のしかたが、あやしい(爆笑)。頼むよ!
 皆さんに会えて、うれしい。ありがとう!(大拍手)

素晴らしき母への讃歌
  母よあなたは何もかも美しい  トルストイ
  自分の良い所はすべて母のお陰 ベートーベン
  わが母はどんな時も恐れない   パールバック

 女性を敬い女性に学べ 
 一、ロシアの作家チェーホフは指摘した。
 「男性は女性の存在がなければ、愚かになる」
 婦人部や女子部を小バカにする人間を、絶対に許してはならない。
 日蓮大聖人は、広宣流布を進めるうえで、「男女はきらふべからず」(御書1360ページ)と、男性と女性を平等に見ておられた。
 どうしても日本は、島国根性で、男性が威張る。女性を下に見て、からかう面がある。とんでもない間違いである。
 これまでの反逆者たちも、皆、共通して、女性に対して傲慢であった。生意気な態度で、偉ぶっていた。
 そういう愚かな人間は、もはや、だれからも相手にされない。
 男性が女性に対して威張る、思い上がった根性だけは、絶対に打ち砕かなければならない。そうでなければ、いかなる団体も勝利していけない。将来、永遠にわたって栄えていくことはできない。
 男性のリーダーは、真に、女性のために戦うことである。
 女性を大切にし、尊敬し、女性の意見に耳を傾けていけば、男性も賢くなれる。
 これが、大聖人の御心であり、戸田先生の教えであった。賢者の方程式である。
 尊き婦人部の皆様方、本年も、よろしくお願いします!(大拍手)

 「本当の慈悲ある幹部を育てたい」 
 一、師弟の歴史を、青年のために語っておきたい。
 "まさかが実現"と言われた昭和31年(1956年)の「大阪の戦い」の大勝利。
 「大作、行ってこい」との恩師の命を受け、私は勇んで大関西の地盤をつくった。
 この時、東京の古参の幹部には、「池田君が負けたら面白い」と思い、大阪が負けて、私がさびれた姿で帰ってくるのを待っている者もいた。
 冷たく、無慈悲であった。そうした悪い幹部は後に退転した。
 ──一体、何の異体同心か。何の同志愛か。
 戸田先生の深いお心など、何もわからず、己のことばかり気にして、いい人、勝つ人に嫉妬し、威張る。このままでは、断じていけない。
 将来の学会は、悪い心根のない、本当の慈悲のある、いい幹部を育てよう──こう私は決心したのである。
 戸田先生が理事長を辞任せざるをえなくなった時も、嫉妬で動く輩がいた。
 表では「戸田先生」と言いながら、裏でバカにする。そういう幹部もいた。人間の心というものは恐ろしい。
 私は、戸田先生に必ず第2代会長に就任していたたくのだと心に決め、命がけで道を開いた。
 私が第3代会長に就任して以降も、同じように、嵐の吹き荒れた時期があった。すでに戸田先生は、おられない──。
 それらのすべてと戦い、勝ち進み、何もかも整え、今日の学会にしたのは、私である。
 師弟に徹することこそ、勝利の鉄則である。
 体が弱く、医師から「30歳まで生きられない」と言われた私が、信心の功力(くりき)によって、本年、80歳を迎えることができた(大拍手)。
 私は、あらゆる広布の戦で勝利した。仏法は勝負だ。師匠に喜んでいただく。師匠の構想通りに現実を動かしていく。これは弟子の当然の道である。
 これからは若き君たちの時代だ。
 現在の恵まれた環境に甘えて、それが当然のように思ってしまえば、「本物」は、まったく育たない。
 まして、ずる賢く、自分だけいい子になって、要領よく振る舞うような人間は、戸田先生は絶対に信用されなかった。
 戸田先生は「信用できるのは、"青年の心"だ」と言われていた。私も青年に頼みたい。
 青年部の諸君、一緒に進もう!
 学会における「本物」は、戸田先生と不二の弟子がつくってきた歴史であり、行動である。
 青年部は、戦うのだ。
 学会の本当の実相、仏法の勝利の姿を、私は示してきた。この第3代の闘争に、続いていただきたい。〈「ハイ!」と力強い返事が〉

 冬は必ず春に 
 一、「尊き婦人部」である。婦人部には、"尊い"という言葉がふさわしい。
 婦人部以上に、折伏した方々はいない。折伏をした人は、仏である。
 婦人部の皆様方の、世界を照らす希望の出発に「おめでとう!」と申し上げたい(大拍手)。
 戸田先生は、「婦人部が頼りだよ」とおっしゃっていた。
 一、鎌倉時代、妙一尼という女性信徒がいた。
 彼女の夫は、信心ゆえに所領を没収され、大聖人の佐渡流罪中に亡くなった。
 妙一尼は夫を亡くした後、病気の子どもを育てていた。
 日蓮大聖人は、苦労を重ねてきた"お母さん"である妙一尼に、御手紙を送られる。
 そこには、「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との、有名な一節が綴られていた。
 そして"法華経のために迫害された故聖霊(=亡くなった夫)には、仏法のために命をかけた雪山童子や薬王菩薩と、同じ功徳があるのですよ"と、心を込めて励まされたのである。
 どんなに厳しい苦難の冬にも負けず、「人生の春」を迎えるための妙法である。
 また大聖人は「十字御書」で、正月の供養を届けられた純真な女性信徒に対し、「さいわい(福)は心よりいでて我をかざる」(同1492ページ)と仰せである。
 婦人部の皆様方の「太陽の心」の光で、新しい一年も「幸福の春」「歓喜の春」「勝利の春」を開いていただきたい。
 皆で、婦人部の皆さんに対して、立って大拍手をしよう!〈参加者が立ち上がり、婦人部の参加者に大きな拍手を送った〉
 ──婦人部を大事にしなければ、学会は危うい。権力主義と化してしまう。婦人部を大事にしていけば、平穏で平和で、朗らかに勝てる──こう、戸田先生もおっしゃっていた。
 仏敵とは、勇気の言論で戦うのだ。壮年部、男子部は、女性を守りきる、強い人になっていただきたい。
 そして、「女性から感謝され、賞讃される男性に!」と訴えたい。

 母は慈悲の塊 
 一、時代や国を超えて、母への讃歌は数限りない。
 ロシアの文豪トルストイは言った。
 「母について私が知る限りのことは、何もかもが美しい」(中村白葉訳「回想」、『トルストイ全集19』所収、河出書房新社
 たとえ、高価な服など持っていなくても、上手に化粧ができなくても(笑い)。
 私が知る母は、どこを見ても美しい──これが大文豪の心である。
 じつはトルストイは、幼くして母を亡くした。人から聞いた母の思い出を宝物のように大切にしていた。
 私の心に深く残った言葉である。
 これまで何度もお会いしてきたインド国立ガンジー記念館前館長のN・ラダクリシュナン博士は、言われている。
 「母という言葉は、どの言語においても、もっとも美しい言葉です」
 「母とは、どこにでも存在する人間であるだけでなく、人間存在における"最高善"でもあるのです」(栗原淑江訳『池田大作 師弟の精神の勝利』鳳書院
 最高善──それが母の「本義」であると、博士は見ておられた。
 その通りであろう。
 ゆえに位が下だとか、家が貧しいとか、そういうことで、暗く沈んだりしては愚かである。
 母は、絶対的な善の存在である。
 母であること、それ自体が、慈悲の法則の塊である。人を幸福にしていく根源の力を持っているのである。
 それを忘れてはいけない。

新時代第14回本部幹部会 第1回 全国婦人部幹部会でのスピーチ-2に続く


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