2008年12月28日付 聖教新聞  各部代表者会議での名誉会長のスピーチ 上-2

2008年12月28日付 聖教新聞
各部代表者会議での名誉会長のスピーチ 上-2

 いかなる戦いの勝利にも、人知れず原動力となった、「弓」のような功労者がいる。
 その存在を絶対に忘れずに、光を当てて、感謝し、讃えていくことだ。
 それでこそ真の指導者である。この極意を教えられたのが、日蓮仏法である。
 「富木尼御前御返事」には有名な「や(箭)のはしる事は弓のちから」(御書975ページ)との一節がある。簡潔な仰せに、深遠な道理が示されている。
 夫である富木常忍が「矢」ならば、妻である富木尼御前が「弓」である。大聖人は、「をとこ(夫)のしわざはめ(婦)のちからなり」(同ページ)と綴られている。
 広宣流布が勢いよく進むのも、女性の力にほかならない。偉大なる「弓の力」に、男性は最敬礼していくことだ。
 また最近は、ことに不安定な世相である。婦人部、女子部は、くれぐれも事故のないよう、細心の注意を払っていただきたい。

 「誠実」の行動がわが生命を荘厳

 一、この1年も、陰で支えてくださった「無冠の友」の皆様、「個人会場」のご家庭の方々に、本当にお世話になりました。
 創価班、牙城会、白蓮グループ、壮年部の王城会、婦人部の香城会の皆様、白樺の皆様、会館守る会、一日会館長の創価宝城会の方々、まことにありがとうございます。
 毎回の衛星中継を担当されるサテライトグループの皆様、いつも労苦を惜しまない設営グループなどの役員の方々。正義の拡大の先頭に立たれる新聞長、教宣部、書籍長、文化長、統監部、民音推進委員等の皆様方。
 崇高な仏事を執り行ってくださる儀典長、儀典委員の皆様、人材の流れを作っておられる未来部育成部長、21世紀使命会の皆様等々、一切の方々に心から感謝を申し上げたい。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ)である。皆さんの、人知れぬ「信心」と「誠実」と「責任」の行動は、厳然たる福徳となって、わが生命を、そしてわが眷属を荘厳する。これが仏法の因果律であり、「冥の照覧」である。

 笑顔の役者に!

 一、ルネサンスの知性アルベルティには、「思い上がり」を戒めた寓話もある。
 ──ある傲慢な星が「じぶんの光が、まわりの星よりも、もっともっとすばらしい」(前掲渡辺訳)と考えて、他の星たちを見下して、馬鹿にした。
 「こんな星たちと、いっしょになんか、いられないわ。遠くへとんでいって、あたしの光が、どんなにかがやくか、見せてやるわ」(同)
 そして、その傲慢な星は、一人、流れ星になって、仲間から離れていった。
 ところが、一層輝くどころか、いつの間にか、真っ暗な夜空に吸い込まれるように、誰からも見えなくなってしまった、というのである。傲慢な人生の、哀れな末路そのものといってよい。
 仏に等しい尊極の学会の同志を軽んじた反逆者の転落の行く末が、どれほど侘しいか。皆様がご存じの通りだ。
 一、学会は、平等大慧の妙法に則った、異体同心の和合僧である。誰が上とか下とかではない。皆が同じく広宣流布に戦う同志である。皆が等しく尊い存在なのである。
 そのうえで、広布のリーダーは、宝の同志に深く頭を下げて、「毎日、ご苦労さまです!」「ありがとうございます!」と感謝し、讃えていくのだ。
 もちろん、誰人にも、辛いことや悲しいことはある。だからこそ、信心で立つのだ。
 自己の悲哀を敢然と乗り越え、「笑顔の役者」となって、朗らかに友を包み、友を照らし、希望の方向へ、幸福の方向へと、全軍を引っ張っていくのである。そこに自分自身の幸福もある。
 我ら創価の励ましのスクラムは、いかなる暗き混迷の世においても、一人一人が自分らしく輝き、皆が麗しく光を放ちゆく、勝利の人材の大銀河なのである。

 「宗教には正しい師匠が不可欠」

 一、さて、日顕宗の卑劣極まりない陰謀から、この師走で18年。
 〈1990年(平成2年)12月末、嫉妬に狂った日顕は、名誉会長の法華講総講頭を一方的に罷免し、広布破壊の暴挙に出た〉
 今、仏法勝負の証しは、あまりにも厳然としている。
 創価の正義の完全勝利を、世界が賞讃してくださっている。
 このたび、アメリカの著名な宗教学者であるニコラス・ガイヤ博士(アイダホ大学名誉教授)も、共感の声を寄せてくださった。
 〈ガイヤ博士は、名誉会長の著作である『私の仏教観』を、大学の授業の教材として、30年にわたり使用してこられた〉
 ガイヤ博士は、SGIの民衆運動の意義を高く評価して、こう述べておられた。
 「私は、池田博士による、創価学会の"仏教ヒューマニズム"の運動に、心からの賞讃を寄せております。その運動は、『仏性がすべての人間の中にある』との自己実現のための力強い法理に基づいております。
 それは、他の誰かが自分を高めてくれるのではない。自らの力で、自らを高めていく運動であります。そして、この運動の哲学は、自らの幸福を完成させるために、『自らを強くせよ』と訴えております。
 それに対して、宗門は、自身を護ることばかり考えて、内にこもり続けました。そして、池田博士の社会に開かれた運動を恐れました。
 こうしたSGIと宗門の歴史を通して、私は、宗教において、師匠の存在が、いかに大切かを深く学んだのです」
 透徹した英知の眼には、創価の実像が明鏡のごとく映し出されている。
 ガイヤ博士は、さらに、こう言われた。
 「良き指導者によって教えが受け継がれている宗教こそが、正しい宗教なのです。
 なぜなら、師弟の絆を通してこそ、宗教の徳性が受け継がれていくからです。
 初代、2代、3代の会長によって、その精神が受け継がれてきた創価学会は、"教えを受け継ぐ指導者は、真の人格者でなければならない"という真実を、最も成功した模範として示しておられます。
 とくに、第3代の会長は、宗門をはじめとする破壊的な勢力と、勇気をもって闘われました。そして、創価学会の勝利と宗門の敗北を明確にされたのです」
 〈ガイヤ博士は、こうも語っている。
 「多くの宗教において、現在の指導者は、始祖の精神に従っていません。
 それゆえに、宗教においては、その精神を生きたものとする指導者が不可欠なのです。
 人間には、過去の成果のみを振り返り、栄光の座にあぐらをかくことに慣れてしまう傾向があります。
 そうではなく、前へ前へと進まねばならないのです。池田博士のように、常に思想の種を蒔き続けておられる方こそ、真の指導者なのです」〉
 深い、そしてまた温かなご理解に、心から感謝申し上げたい。ともあれ、大聖人の正統中の正統として、学会は、歓喜の歌声も高らかに、世界宗教の大道を、さらに前進してまいりたい(大拍手)。

進め!師弟の太陽わが胸に

幸福へ 自分自身を強くせよ
悪戦苦闘が人生の宝
鉄鋼王カーネギー「私の母は何ものにも屈しない」
 

 正しい人生を!

 一、世界的な経済学者のレスター・サロー博士との会見で話題になった大実業家に、歴史に名高いアメリカの鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(1835~1919年)がいる。
 比頬なき成功を勝ち取り、社会への絶大なる貢献を果たした足跡は、不朽である。
 カーネギーゆかりのニューヨークにある「カーネギー・ホール」で、アメリカの若人とともに、「世界青年平和文化祭」(1996年6月)を開催したことも懐かしい。
 このカーネギーも、青春時代、逆境の連続であった。
 時代の急激な変化に、父の仕事が行き詰まり、一家は大変な貧窮に見舞われた。
 若きカーネギーは、愛する家族のため、朝から晩まで働きに働いて、十分に学校にも行けなかった。それは辛い、苦しい時期であった。
 しかし、カーネギーは、この悪戦苦闘の時にこそ、百万長者のいかなる宝もかなわぬ、尊い尊い宝を得たというのである。
 その宝とは、何か。
 それは、何があっても負けなかった父と母の朗らかな姿であり、不屈の精神であった。
 父はもとより、母もまた夜中まで働き通しであった。
 それでも、いつも明るく、わが子を慈しみ、近隣の人々をも励まし力づける、家族と地域の太陽の存在であった。

鉄鋼王の信念 賢者とは徹底的な楽天

 まさに、わが創価の母たちと二重写しになるお母さんである。
 カーネギーは、胸を張って記している。
 「なにものにも屈しないのが私の母なのである」(坂西志保訳『鉄鋼王カーネギー自伝』角川文庫)
 「母はいつも家庭の影響こそ二人の息子を正しい人生のみちに進ませる最上の場であると考えていた。この方向に進む第一歩は、家庭を楽しい場所にすることだ、とよくいっていた」(同)
 「あの初期の苦しい生活を振り返って見て、私はこういうことができる。この国にあんなに高い誇りをもって生きていた家族はなかった、と。
 名誉を重んじ、独立心と自尊心は、家庭全体にみなぎっていた。
 低俗な卑しいこと、ごまかし、だらしなさ、奸策を弄したり、人の噂をしたりするのは、私たちの間にはぜんぜん見られなかった」(同)
 どんなに時代が暗くとも、わが心から明るい希望を生み出すことができる。
 どんなに世間が殺伐としても、わが家から慈愛の温もりを広げることができる。
 どんなに社会が混乱しても、我らは、人間の魂を誇り高く輝かせていくことができる。
 カーネギーのお母さんが語った言葉がある。わが婦人部の真情そのものである。
 「世の中には私たちにできるたくさんのことがある。私たちは有用な、また世人から尊敬される人にならなければいけない。そのためにはいつも正しいことをすることである」(同)
 正しいことは、強い!
 正しいことは、明るい!
 創価の世界の明るさも、ここにある。
 この母を誇りとするカーネギーは言った。
 「賢い人は徹底的な楽天家なのである」(同)
 「賢さ」は「朗らかさ」と一体である。
 賢く朗らかに、また正しく強く、そして明るく、「母と子の笑顔が光る21世紀」を建設してまいりたい(大拍手)。
   (下に続く)

各部代表者会議での名誉会長のスピーチ 上〔完〕


ブログ はればれさんからのコピーです。