小説「新・人間革命」  11月27日 未来9

世界最初の幼稚園を創設した、ドイツの教育家フレーベルは、その教育施設を、どんな名称にするか、日夜、考え続けた。

 そして、ブランケンブルクを見下ろす丘を歩きながら、突然、「キンダーガルテン」(子どもの庭、幼稚園)という名称がひらめいたという。

 山本伸一の札幌創価幼稚園の構想も、この羊ケ丘を巡りながら、具体化したのである。

 伸一は、幼児教育の重要性を感じていた。自分の三人の子どもや、身近な学会員の子どもたちの幼児期を見てきたなかで、大きな精神の成長を遂げる大切な時期であることを、実感してきたからである。

 子どもは、四歳ぐらいから自己主張が強くなる一方、他者の存在も意識するようになり、人とのコミュニケーションも取れるようになる。

さらに、着替えなど、日常生活上のことが自分でできるようになり、自律性、社会性も芽生えてくる。つまり、子どもの社会生活の基盤がつくられる時といってよい。

 それだけに、就学前の、この時期の教育が、子どもにとって、極めて大事になるというのが、伸一の結論であった。

 伸一自身、幼少期の、忘れられない、一つの光景がある。

 夏のある日、母が、兄や弟ら七、八人にスイカを切ってくれた。

 すぐに自分の分を食べてしまった兄の一人が、残ったスイカを見て言った。

 「お母さんは、スイカは嫌いだったから、お母さんの分を、ぼくにおくれよ」

 すると母は、笑顔で「母さんもスイカが好きになったんだよ」と言って、残ったスイカを戸棚にしまった。

 その場にいなかった子どもの分を確保したのである。その時、母が何を考えていたか、伸一は、敏感に感じ取った記憶がある。

 そして、彼は、子どもを平等に遇する、母親の心に触れた思いがして、幼心に感動を覚えた。また、何か暗黙のルールといったものを、母が教えてくれた気がしたのである。