新時代第1回本部幹部会・東京総会・東京青年部総会
新時代第1回本部幹部会・東京総会・東京青年部総会
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◆◆◆ 胸中に 無敵の師弟 輝けり!
── 創立80周年へ 新出発おめでとう!
◆◆ 誠実の二字で同志に尽くせ
── ≪戸田先生≫ 学会の目的は全会員の幸福のため
【名誉会長のスピーチ】
一、きょうは“創価家族”の会議である。一家の団らんのように気楽に、また楽しく朗らかな集いにしてまいりましょう!
演奏も、ありがとう!〈創価グロリア吹奏楽団が祝賀演奏〉
◆全員が会長 全員が一兵卒
一、まず、新しい出発にあたって、一言申し上げたい。
仏法の世界は「異体同心」である。本来、信心には、上も下もない。会長、理事長といっても、あくまで組織の運営上の立場にすぎない。
全員が「会長」の自覚と誇りで進む。全員が、「広宣流布の一兵卒」として働く。
これが永遠の創価の魂である。
その意味から、原田新会長には、「誠実の二字で会員に尽くせ」と申し上げたい。
秋谷前会長(最高指導会議議長)には「今までのご恩返しのために、これからも広宣流布のために、不惜身命で戦え!」と申し上げたい。
正木理事長。創価学園・創価大学出身の第1号の最高幹部になった君には、「『創価の伝統』の光彩を放った歴史をつくり始めよ」と申し上げておきたい(大拍手)。
◆富士は見守る
一、ともあれ、11月18日の「創価学会創立記念日」、本当におめでとう!
また、新しい希望に燃えて前進しゆく新人事、おめでとう!(大拍手)
けさは、白雪(はくせつ)の富士も格別に光っていた。美しかった。
我らの前進を、富士は、いつもいつも見守っている。
美しき
富士の山あり
創価には
使命と勝利の
不二の山あり
この歌を、同志の皆さまにお贈り申し上げます(大拍手)。
我々の胸中にも、永遠に勝利しゆくための、厳然たる「不二(ふに)の山」が実在していることを、絶対に忘れまい。それが創価学会の信仰である。
一、きょうは、創立76周年を飾る本部幹部会である。
今回は、2001年の1月から数えて、第65回の幹部会となる。
新しい時代へ、新しい指導者群が誕生した。
そこで今回を「新時代第1回本部幹部会」として、新しい創価学会の大建設を開始しゆくことを、私は提案申し上げたい(賛同の大拍手)。
明年の「前進・勝利の年」へ、そして2010年の創立80周年へ向かって、希望の足音高く、勇猛精進して、明るく、勝ち抜いてまいりましょう! 頼むよ!
創立80周年までは、絶対に生き抜く。事故を起こさない。病気にならない。
きょうは、これを誓い合いたい。
体を大事にして、健康で長生きして、朗らかに、悠然と、断固たる信念をもって進みましょう!(大拍手)
◆◆ 全世界の中心《大東京》が立つ!
◆◆ 舞台は地球! 創価家族が賑やかに
── カンボジアのSGIが大発展
◆三代で決まった
一、大勢の同志の方々の力によって、学会は、隆々(りゅうりゅう)たる大発展を遂げた。悠々たる前進の姿となった。
この偉大な同志の方々に、まじめに、真剣に、誠実に尽くすのが、会長はじめ、幹部の使命である。
仮にも、威張るなど、もってのほかである。幹部は、会員に奉仕する立場である。
そして、広宣流布のために、本当に苦労されたのは、初代・牧口先生と2代・戸田先生である。
お二人の遺志を継いで、3代の私が、創価学会の大発展を決したのである(大拍手)。私自身のことではあるが、未来のために、あえて申し上げておきたい。
創価の三代には、厳然たる師弟のつながりがある。永久に、これを忘れてはならない。
一、きょうは、東京総会、おめでとう!(大拍手)
東京は「全世界の中心」である。聖教新聞の拡大は、目覚ましかった。真剣に戦ってくださった。
特に東京の婦人部と女子部の皆さまには「本当にご苦労さま」「ありがとう」と申し上げたい(大拍手)。
折伏にせよ、新聞の拡大にせよ、一生懸命にやってくださるのは、いつも婦人部、女子部である。
それを当たり前と思い、上から命令するような人間がいるならば、とんでもない間違いである。だれにも、そんな権限はない。
「やらせる」のではない。「やっていただく」のである。
頑張った同志の方々を「ありがとう!」「ご苦労さま!」と、ひざまずく思いで讃える。
これこそ、幹部のあるべき姿と知っていただきたい。
一、さらに、海外の尊き同志の皆さま、遠くから、本当にようこそ! (大拍手)
お会いできて、うれしい。幸せになってください。
勇んで研修にいらした、アメリカの皆さま、韓国の皆さま、台湾の皆さま、そしてペルー青年部の皆さま。
本当に、ご苦労さまです。
新出発のカンボジアの皆さま方、おめでとう! (大拍手)
カンボジアの同志は、内戦の悲劇を乗り越えて、見事な大発展を遂げてこられた。メンバーの約9割が婦人部と女子部と、うかがった。
明年には、教学の初級試験も実施される運びである。ご健闘を祈ります(大拍手)。
◆青春万歳!
一、青春は美しい。青年の、まっすぐな正義感が、私は好きである。
青春だ
桜だ 鳥だ
万歳だ
1996年の1月2日に歌った歌を、披露させていただきたい(大拍手)。
その時、私は、新年も朝早くから、広布のために働く学会の青年部を見て、妻と「美しい姿だな」と語り命っていた。
凛々(りり)しき青年の姿が、鳥が鳴き、桜咲く春の息吹と重なった。“学会の未来は万歳だ”と思った。心に映じたことを、そのまま歌ったものである。
◆「今、何の本を読んでいる?」
一、近代日本の思想家として知られる高山樗牛(たかやまちょぎゅう=1871~1902年)。
戸田先生も、青年時代から樗牛(ちょぎゅう)を読んでおられた。
私も、本が好きで、戦後も間もないころ、古本屋で『樗牛全集』を手に入れ、大切に読んだ。
戸田先生とともに、樗牛について、さまざまに語り合ったことが懐かしい。
戸田先生は、私の顔を見ると、必ず質問された。
「今、何の勉強をしている?」「何の本を読んでいる?」「それでは、その本の内容を言ってみなさい」と。
いつも冷や汗である。本当に困った。
ともあれ、青春時代から、わずかな月給をはたいて、本を買い求めることが習慣になっていた。
必然的に家は本でいっぱいになる。本の重みで、家の床が抜けそうになったこともあった。
私は後継の友に名著に親しみ、読書の喜びを味わってもらいたいとの思いから、大切にしてきた本の一部を、創価大学やアメリカ創価大学などにも置かせていただいている。
〈創立者の名誉会長が若き日から大切にしてきた個人蔵書の中から、創価大学には約7万冊が、アメリカ創価大学には4千冊を超える書籍が寄贈され、「池田文庫」として親しまれている〉
一、高山樗牛の言葉に触れたい。
「心の清きものは偽善を悪(にく)まざるを得ず、人の正しきを好むものは不義を憤(いきどお)らざるを得ず」(『樗牛全集第4巻』博文館。現代表記に改め、読みやすくした)
偽善を憎まないものは、同じく偽善である。不義に怒り、不義と戦ってこそ、正義である ── このように戸田先生もよく言われていた。これが学会精神である。
◆君よ生き抜け!
一、当時、私は戸田先生の会社にお世話になっていた。
戸田先生は、私におっしゃった。
「樗牛のように、書いて書いて書きまくれ!」と。
これを先生の遺言と受け止めて、私は、今日まで書いて書いて書き続けてきた。それは皆さんが一番ご存じであろう。
やがて、先生の事業は挫折(ざせつ)。私は肺病を患(わずら)い、いつ死ぬかも分からない。
怒濤(どとう)の嵐の中、私は、ただ一人、先生の事業を支えた。命を捨てる覚悟で、先生をお守りした。
一日一日が一カ月にも二カ月にも相当する壮絶な戦いであった。
その中で、先生は、私の体を心配され、「無理をさせて、すまないな」「できることなら、私の命を削(けず)って、君にあげたい」と深く深く祈ってくださったのである。
戸田先生は、私に向かって、このようにも言われた。
「君は妙法の高山樗牛になれ! 彼は31歳で死んだが、君は生き抜け! 絶対に、私の後継として生き抜け!」と。
まさに、生死(しょうじ)を超えた師と弟子であった。これが創価の師弟の姿なのである。
◆師匠のいない人生は暗闇!
一、樗牛は、このようにも言っている。
── 生きた人の中に師匠と仰(あお)ぐ人がいるならば、仰いで師匠とすべきである。過去に模範と崇(あが)め、理想と尊ぶ人がいるならば、仰いで師匠とすべきである。もし我らの心に、理想として尊び、光明として仰ぎ、信ずる大人物がいないなら、天に太陽や月がないのと同じく、我らの心は暗闇に迷うのである、と(『樗牛全集第5巻』から要旨を抜粋)。
なかには、自分一人で自由に、気ままに生きたい、師匠など必要ない、と思う人もいるかもしれない。
しかし、樗牛の言う通り、師匠を持たない人生は、暗闇だ。最後は必ず行き詰まってしまうものだ。
さらに樗牛の次の言葉も有名である。
私も暗記し、よく口ずさんだものである。
「ああ人や、その青年は朝日の如く、その晩年は夕陽の如くありたいものではないか」「われらは人生の戦闘に打ち勝ち、栄光の雲につつまれて、静かに西方の天に入りたいものではないか」(『樗牛全集第5巻』)
ここ八王子の地は、夕陽が美しいことで知られるが、けさは、朝日も、赫々(かっかく)として大変に素晴らしかった。
あるときは、朝日の昇りゆく勢いで、あるときは、黄金の夕陽のごとく荘厳に、わが栄光の人生を、威風も堂々と歩んでまいりたい(大拍手)。
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◆◆◆ 胸中に 無敵の師弟 輝けり!
── 創立80周年へ 新出発おめでとう!
◆◆ 誠実の二字で同志に尽くせ
── ≪戸田先生≫ 学会の目的は全会員の幸福のため
【名誉会長のスピーチ】
一、きょうは“創価家族”の会議である。一家の団らんのように気楽に、また楽しく朗らかな集いにしてまいりましょう!
演奏も、ありがとう!〈創価グロリア吹奏楽団が祝賀演奏〉
◆全員が会長 全員が一兵卒
一、まず、新しい出発にあたって、一言申し上げたい。
仏法の世界は「異体同心」である。本来、信心には、上も下もない。会長、理事長といっても、あくまで組織の運営上の立場にすぎない。
全員が「会長」の自覚と誇りで進む。全員が、「広宣流布の一兵卒」として働く。
これが永遠の創価の魂である。
その意味から、原田新会長には、「誠実の二字で会員に尽くせ」と申し上げたい。
秋谷前会長(最高指導会議議長)には「今までのご恩返しのために、これからも広宣流布のために、不惜身命で戦え!」と申し上げたい。
正木理事長。創価学園・創価大学出身の第1号の最高幹部になった君には、「『創価の伝統』の光彩を放った歴史をつくり始めよ」と申し上げておきたい(大拍手)。
◆富士は見守る
一、ともあれ、11月18日の「創価学会創立記念日」、本当におめでとう!
また、新しい希望に燃えて前進しゆく新人事、おめでとう!(大拍手)
けさは、白雪(はくせつ)の富士も格別に光っていた。美しかった。
我らの前進を、富士は、いつもいつも見守っている。
美しき
富士の山あり
創価には
使命と勝利の
不二の山あり
この歌を、同志の皆さまにお贈り申し上げます(大拍手)。
我々の胸中にも、永遠に勝利しゆくための、厳然たる「不二(ふに)の山」が実在していることを、絶対に忘れまい。それが創価学会の信仰である。
一、きょうは、創立76周年を飾る本部幹部会である。
今回は、2001年の1月から数えて、第65回の幹部会となる。
新しい時代へ、新しい指導者群が誕生した。
そこで今回を「新時代第1回本部幹部会」として、新しい創価学会の大建設を開始しゆくことを、私は提案申し上げたい(賛同の大拍手)。
明年の「前進・勝利の年」へ、そして2010年の創立80周年へ向かって、希望の足音高く、勇猛精進して、明るく、勝ち抜いてまいりましょう! 頼むよ!
創立80周年までは、絶対に生き抜く。事故を起こさない。病気にならない。
きょうは、これを誓い合いたい。
体を大事にして、健康で長生きして、朗らかに、悠然と、断固たる信念をもって進みましょう!(大拍手)
◆◆ 全世界の中心《大東京》が立つ!
◆◆ 舞台は地球! 創価家族が賑やかに
── カンボジアのSGIが大発展
◆三代で決まった
一、大勢の同志の方々の力によって、学会は、隆々(りゅうりゅう)たる大発展を遂げた。悠々たる前進の姿となった。
この偉大な同志の方々に、まじめに、真剣に、誠実に尽くすのが、会長はじめ、幹部の使命である。
仮にも、威張るなど、もってのほかである。幹部は、会員に奉仕する立場である。
そして、広宣流布のために、本当に苦労されたのは、初代・牧口先生と2代・戸田先生である。
お二人の遺志を継いで、3代の私が、創価学会の大発展を決したのである(大拍手)。私自身のことではあるが、未来のために、あえて申し上げておきたい。
創価の三代には、厳然たる師弟のつながりがある。永久に、これを忘れてはならない。
一、きょうは、東京総会、おめでとう!(大拍手)
東京は「全世界の中心」である。聖教新聞の拡大は、目覚ましかった。真剣に戦ってくださった。
特に東京の婦人部と女子部の皆さまには「本当にご苦労さま」「ありがとう」と申し上げたい(大拍手)。
折伏にせよ、新聞の拡大にせよ、一生懸命にやってくださるのは、いつも婦人部、女子部である。
それを当たり前と思い、上から命令するような人間がいるならば、とんでもない間違いである。だれにも、そんな権限はない。
「やらせる」のではない。「やっていただく」のである。
頑張った同志の方々を「ありがとう!」「ご苦労さま!」と、ひざまずく思いで讃える。
これこそ、幹部のあるべき姿と知っていただきたい。
一、さらに、海外の尊き同志の皆さま、遠くから、本当にようこそ! (大拍手)
お会いできて、うれしい。幸せになってください。
勇んで研修にいらした、アメリカの皆さま、韓国の皆さま、台湾の皆さま、そしてペルー青年部の皆さま。
本当に、ご苦労さまです。
新出発のカンボジアの皆さま方、おめでとう! (大拍手)
カンボジアの同志は、内戦の悲劇を乗り越えて、見事な大発展を遂げてこられた。メンバーの約9割が婦人部と女子部と、うかがった。
明年には、教学の初級試験も実施される運びである。ご健闘を祈ります(大拍手)。
◆青春万歳!
一、青春は美しい。青年の、まっすぐな正義感が、私は好きである。
青春だ
桜だ 鳥だ
万歳だ
1996年の1月2日に歌った歌を、披露させていただきたい(大拍手)。
その時、私は、新年も朝早くから、広布のために働く学会の青年部を見て、妻と「美しい姿だな」と語り命っていた。
凛々(りり)しき青年の姿が、鳥が鳴き、桜咲く春の息吹と重なった。“学会の未来は万歳だ”と思った。心に映じたことを、そのまま歌ったものである。
◆「今、何の本を読んでいる?」
一、近代日本の思想家として知られる高山樗牛(たかやまちょぎゅう=1871~1902年)。
戸田先生も、青年時代から樗牛(ちょぎゅう)を読んでおられた。
私も、本が好きで、戦後も間もないころ、古本屋で『樗牛全集』を手に入れ、大切に読んだ。
戸田先生とともに、樗牛について、さまざまに語り合ったことが懐かしい。
戸田先生は、私の顔を見ると、必ず質問された。
「今、何の勉強をしている?」「何の本を読んでいる?」「それでは、その本の内容を言ってみなさい」と。
いつも冷や汗である。本当に困った。
ともあれ、青春時代から、わずかな月給をはたいて、本を買い求めることが習慣になっていた。
必然的に家は本でいっぱいになる。本の重みで、家の床が抜けそうになったこともあった。
私は後継の友に名著に親しみ、読書の喜びを味わってもらいたいとの思いから、大切にしてきた本の一部を、創価大学やアメリカ創価大学などにも置かせていただいている。
〈創立者の名誉会長が若き日から大切にしてきた個人蔵書の中から、創価大学には約7万冊が、アメリカ創価大学には4千冊を超える書籍が寄贈され、「池田文庫」として親しまれている〉
一、高山樗牛の言葉に触れたい。
「心の清きものは偽善を悪(にく)まざるを得ず、人の正しきを好むものは不義を憤(いきどお)らざるを得ず」(『樗牛全集第4巻』博文館。現代表記に改め、読みやすくした)
偽善を憎まないものは、同じく偽善である。不義に怒り、不義と戦ってこそ、正義である ── このように戸田先生もよく言われていた。これが学会精神である。
◆君よ生き抜け!
一、当時、私は戸田先生の会社にお世話になっていた。
戸田先生は、私におっしゃった。
「樗牛のように、書いて書いて書きまくれ!」と。
これを先生の遺言と受け止めて、私は、今日まで書いて書いて書き続けてきた。それは皆さんが一番ご存じであろう。
やがて、先生の事業は挫折(ざせつ)。私は肺病を患(わずら)い、いつ死ぬかも分からない。
怒濤(どとう)の嵐の中、私は、ただ一人、先生の事業を支えた。命を捨てる覚悟で、先生をお守りした。
一日一日が一カ月にも二カ月にも相当する壮絶な戦いであった。
その中で、先生は、私の体を心配され、「無理をさせて、すまないな」「できることなら、私の命を削(けず)って、君にあげたい」と深く深く祈ってくださったのである。
戸田先生は、私に向かって、このようにも言われた。
「君は妙法の高山樗牛になれ! 彼は31歳で死んだが、君は生き抜け! 絶対に、私の後継として生き抜け!」と。
まさに、生死(しょうじ)を超えた師と弟子であった。これが創価の師弟の姿なのである。
◆師匠のいない人生は暗闇!
一、樗牛は、このようにも言っている。
── 生きた人の中に師匠と仰(あお)ぐ人がいるならば、仰いで師匠とすべきである。過去に模範と崇(あが)め、理想と尊ぶ人がいるならば、仰いで師匠とすべきである。もし我らの心に、理想として尊び、光明として仰ぎ、信ずる大人物がいないなら、天に太陽や月がないのと同じく、我らの心は暗闇に迷うのである、と(『樗牛全集第5巻』から要旨を抜粋)。
なかには、自分一人で自由に、気ままに生きたい、師匠など必要ない、と思う人もいるかもしれない。
しかし、樗牛の言う通り、師匠を持たない人生は、暗闇だ。最後は必ず行き詰まってしまうものだ。
さらに樗牛の次の言葉も有名である。
私も暗記し、よく口ずさんだものである。
「ああ人や、その青年は朝日の如く、その晩年は夕陽の如くありたいものではないか」「われらは人生の戦闘に打ち勝ち、栄光の雲につつまれて、静かに西方の天に入りたいものではないか」(『樗牛全集第5巻』)
ここ八王子の地は、夕陽が美しいことで知られるが、けさは、朝日も、赫々(かっかく)として大変に素晴らしかった。
あるときは、朝日の昇りゆく勢いで、あるときは、黄金の夕陽のごとく荘厳に、わが栄光の人生を、威風も堂々と歩んでまいりたい(大拍手)。