小説「新・人間革命」 宝塔48 4月30日

 山本伸一は、脱脂綿を取り替えては、何人かの、泣いて赤く腫らした瞼を拭き、励ましの言葉をかけていった。

 皆、大切な兄弟である。伸一は、メンバーのためなら、どんなことでもするつもりであった。

 その伸一の心を感じ、メンバーはさらに、目を潤ませるのであった。

 伸一は、会場の前方に戻ると、皆の顔に、じっと視線を注いだ。

 「これで全員の顔を覚えたよ」

 その時、メンバーの一人が大きな声で言った。

 「先生! 私たちのつくった愛唱歌を聴いてください」

 「はい。聴かせていただきます」

 ギターの調べに合わせて、皆の歌声が響いた。

 当時、ヒットした歌謡曲の替え歌であった。

  

 一人ぼっちで夕暮れの 海をながめて 泣いていた

 あなたが今では 誰よりも 明るい地域の太陽よ

  

 皆の顔は涙に濡れていたが、その声は明るく、はつらつとしていた。

 歌い終わると、伸一は言った。

 「いい歌だね。もう一度歌ってよ」

 メンバーは、さらに力を込めて熱唱した。

 伸一は、大きな拍手を送った。

 「ありがとう! 

 この歌を吹き込んだカセットをください。私は三日後に中国に出発します。そのカセットを持っていって、毎日、聴きたいんです」

 歓声があがった。

 「では、次の予定があるので、これで失礼しますが、最後に皆で題目を三唱しましょう」

 彼は、メンバー一人ひとりを、尊極なる仏と仰ぎ、最敬礼する思いであった。

 「毅然として頭を上げるがよい。私の生命は飾り物ではなく、それを生きるために与えられたのだ」(注)とは、トルストイが記したエマソンの言葉である。

 伸一は心で叫びつつ、題目を唱えた。

 “君でなければ、あなたでなければ、果たせぬ尊き使命がある。

 その使命に生き抜き、広宣流布の天空に、尊厳無比なる宝塔として、燦然と、誇らかに、自身を輝かせゆくのだ!”

   (第十九巻終了)