小説「新・人間革命」  8月25日 懸け橋23

市庁舎訪問を終え、宿舎のホテルに戻ると、タス通信の記者がインタビューを申し込んできた。

 山本伸一は、快く引き受け、ソ連訪問の率直な感想を語った。

 午後七時からは、モスクワ市内のレストランで、モスクワ大学の招待による会食であった。

 会食では、ホフロフ総長夫妻ら大学関係者らと忌憚のない語らいのひと時を過ごした。

総長とは、語り合うごとに心は深くとけ合っていった。

 モスクワ大学創価大学との交流計画についても総長の決意は固く、伸一たちの滞在中に、具体的な案を検討し、決定したいとのことであった。

 そのあと、伸一たちは、レーニン丘(現在は雀が丘)を訪れた。

 モスクワの夜景を見ながら、峯子が言った。

 「街の明かりがきれいですね。向こうに広がっているのは、アパートでしょうか」

 「そうだね。あの明かりの一つ一つに、人間の暮らしがある。その人びとの幸福をどうやって守るか――そこに、政治や経済の目的もある。

“人間のため”“人民への奉仕”という心を忘れてしまえば、どんな社会体制であっても、官僚主義に陥り、組織は硬直し、また、私利私欲にまみれていくことになる。 だから私は人間革命の哲学を、仏法の人間主義の精神を伝えたいんだ」

 毎日、強行スケジュールであり、同行メンバーにとっては、緊張の連続であった。訪問二日目の行事を終えたころには、皆、疲れ切っていた。

 伸一は、打ち合わせの折、メンバーに言った。

「みんな、楽しくやるんだよ。緊張する必要なんかないよ。皆が底抜けに明るいということが、人間外交の輝きなんだ」

 翌十日は、高等中等専門教育省などの訪問の予定が組まれていた。

 一行は、朝、ホテルのロビーで、伸一が、さっと右手をあげるのを合図に集まる。そして、人数を確認し、行動を開始するのである。

 前の晩、伸一から、“楽しく”というアドバイスを受けたメンバーは、この日、それを、ことのほか楽しそうにやっていた。遠足に行く小学生のようであった。

 すると、一行の車を運転してくれるドライバーたちも、それを真似するようになった。