小説「新・人間革命」 懸け橋25  8月28日

 エリューチン大臣は、今後の教育の発展のために、モスクワ大学創価大学との交流に、大きな期待を寄せた。

 山本伸一は、大臣がモスクワ鉄鋼大学の出身であることから、工学系に進んだ動機を尋ねた。

 大臣は、懐かしそうに語り始めた。

 「そもそも私が勉強しようと心に決めたのは、レーニンの訴えに共感したからです。

 レーニンの天才的な慧眼は、国内戦の結果、国全体が産業、農業などのあらゆる面で壊滅状態にあった時に、若い青年の最も重要な課題は学習である、と言ったところにあります」

 大臣は、少年時代に、その叫びに情熱を沸き立たせ、大学への進学を決意したのだ。

 そして、ソビエトの建設に、最も重要なものが工業であると考え、モスクワ鉄鋼大学に進学したのである。

 「この世には学問より強い力はない」(注)とは文豪ゴーリキーが青少年に贈った言葉である。

 伸一は、荒れ果てた国を立て直そうという時に、青少年に学ぶことの重要性を訴えた指導者の着眼に感嘆した。

 教育は未来を創る。

 伸一が教育に力を尽くしてきたのも、それこそが新時代建設の原動力であると考えたからだ。     

 エリューチン高等中等専門教育相との懇談を終えた伸一の一行は、正午にクレムリンソ連最高会議を表敬訪問した。

 クレムリンは、ソ連政府の諸機関が置かれ、ソ連政府の代名詞となっているが、もともとは「城塞」の意味である。

 モスクワ川の河畔にあり、周囲は高いレンガの壁で囲まれ、幾つもの尖塔がそびえ立っていた。

 伸一たちは、ここで、V・P・ルベン民族会議議長と会見した。民族会議は、連邦会議とともに二院制のソ連最高会議を構成する機関である。

 伸一は、ルベン議長に、このたびのソ連への招待に対して、丁重に御礼の言葉を述べたあと、こう語った。

 「日本には、『百聞は一見に如かず』という格言があります。私は今回の訪問で、貴国の方々が世界の緊張緩和のために力を注いでいるという真実を知りました。

 貴国が、平和への強い決意をもっていることを確信いたしました」



引用文献: 注 ゴーリキー著『児童文学論』東郷正延・笠間啓治訳、新評論