小説「新・人間革命」 懸け橋61  10月10日

 最初のあいさつが終わり、山本伸一とコスイギン首相は、テーブルを挟んで席に着いた。

 首相に向かって右側には、ソ日協会のコワレンコ副会長、イワノフ対文連副議長が、左側には通訳であるモスクワ大学のストリジャック主任講師らが座った。

 伸一に同行してきた聖教新聞のカメラマンなどは、ここで退出しなければならなかった。

 伸一は、身を乗り出すようにして尋ねた。

 「率直に意見を述べさせていただいてよろしいでしょうか」

 首相が頷いた。

 「私は今回の訪問で、貴国について、よく勉強させていただきました。

 貴国が世界の緊張緩和を願い、懸命に努力されていることもよくわかりました。心より賞讃いたします。

 しかし、その貴国の姿勢は、残念ながら日本には伝わっておりません。率直に申し上げれば、日本人は、ロシア文学ロシア民謡には親しんでいても、ソ連には親近感をもっておりません。どこか“怖い国”という印象をもっております。

 本当に貴国が、自分たちの真実を伝え、多くの日本人の理解を得ようと思うならば、『親ソ派』と称される政治家や、限られた団体とだけ交流するのではなく、幅広い交流が必要になります。

 むしろ、ソ連のことを好きではないという人や、保守党の議員とも、積極的に会うことが大事です。また、政治や経済の分野だけでは、真の友好はありえません。文化交流こそ、最も大切になってきます」

 今後の日ソの関係は、強く、太い、幾重にもわたる交流と信頼の綱によって結ばれなくてはならない。それには、政府間の関係にとどまらず、民間レベルにまで広がる、重層的な人間相互の絆が必要不可欠になる。

 その信念に基づいての発言であった。

 「相互共感の原則だけが人類の進歩の因となる」(注)とは、トルストイの洞察である。

 伸一は、首相に対して失礼かもしれないと憂慮しつつも、あえて思いのままを語った。

 コスイギンは、伸一が話し終えると、大きく頷き、きっぱりと答えた。

 「賛成です。山本会長のご意見をもとに、今後の対応を検討させていただきます」



引用文献:  注 『トルストイ全集18』中村融訳、河出書房新社