小説「新・人間革命」 懸け橋62  10月11日

人の話に耳を傾け、受け入れようとするコスイギン首相の真摯な態度に、山本伸一は、度量の大きさを感じた。

 “話ができる人だ!”と思った。

 伸一は、さらに言葉をついだ。

 「そこで、新しい交流の道を開くために、首相にも、また、ブレジネフ書記長にも、ぜひ日本においでいただきたいと思います。ご予定はいかがでしょうか」

 ズバリと尋ねた。忌憚のない対話は、彼の人間外交の信念であった。

 ソ連首脳の訪日は、日本政府にとっても、大きな関心事であった。

 前年十月、田中角栄首相が訪ソし、日ソ平和条約の交渉継続を合意していた。しかし、ソ連首脳の訪日については、一向に具体化しなかった。

 コスイギン首相が語り始めた。

 「訪日の計画はあります。ブレジネフ書記長も、ポドゴルヌイ最高会議幹部会議長も訪日を希望しています。年内は無理でしょうが、日程も検討しています。

 私たちは、日本との平和条約についても、締結のために、最大の努力を払っていきたい。

 その交渉は、両国の外相レベルで進めることになっています。

 そして、平和条約の方向が決まった後で、首脳が訪問するのが理想的であると思っています」

 さらに首相は、ソ連の平和条約に対する考え方などを、長い時間をかけ、力を込めて語った。

 伸一は、首相の話が一段落すると語り始めた。

 「日ソの平和条約等の問題については、外相など、政府関係者と大いに意見交換をし、論議を重ねていただきたいと思います。

 私ども創価学会は仏法者の団体であり、宗教的信念に立って、世界の平和をめざしております」

 伸一は、創価学会公明党の立場の違い、宗教団体と政党との次元の違いを、首相に正しく認識してもらいたかった。

 言うべきことを、言うべき時に、明確に語っていく勇気が必要である。

 あいまいさは、後々の大きな誤解を生む元凶となる。

 文豪ドストエフスキーが「この世の多くの不幸は、誤解と説明不足から起こった。言葉が足りないのは、ことを害するものである」(注)と喝破した通りだ。



引用文献:  注 『ドストエーフスキイ全集19』米川正夫訳、河出書房新社