小説「新・人間革命」 共鳴音30 6月23日

千田芳人が働いている店に、菓子の職業学校に通いながら修業に励む十三歳の少年がいた。二十歳の千田より、この少年の方が、仕事ができた。

 千田の最初の目標は、この少年に追いつき、追い越すことであった。千田は一つ一つ、懸命に仕事を覚えた。

 昼休みも、昼食を早々に切り上げ、絞り袋を使って、クリームで文字や模様を描く練習をした。

 寸暇を惜しんで、努力に努力を重ね、また、懸命に唱題に励んだ。

 フランスの哲学者ベルクソンは叫んだ。

 「未来は精一杯努力する人たちのものである」(注)

 血のにじむような、努力と苦闘のなかにのみ、成功はあるのだ。

 二カ月がすぎたころ、店の主人が給料を出すと言ってくれた。嬉しかった。跳び上がらんばかりであった。

 千田は、菓子職人として、着実に力をつけていった。

 一九七〇年(昭和四十五年)、彼は、日本からフランスに渡った女子部の村野貞江と結婚した。

 七二年(同四十七年)には、フランスの伝統ある菓子コンクールの一つである「ガストロノミック・アルパジョン・コンクール」で銅賞を獲得する。日本人としては、初めての入賞であった。

 千田は、技術を磨くために、職場を幾つか変わり、この七五年(同五十年)の春からは、セーヌ川に浮かぶ船のレストランで、デザート・チーフとして働き始めていたのである。   

 パリ会館の食堂で、山本伸一は千田に言った。

 「黙々と頑張り抜いて、フランス社会に信頼を広げてください。一人ひとりが、社会に勝利の旗を打ち立てていくための信仰です」

 それから伸一は、料理担当のメンバー全員に語りかけた。

 「日本には『腹が減っては軍は出来ぬ』という有名な諺があります。空腹では活動できないという意味です。

 まさに、食事を担当してくださる皆さんの陰の力があるからこそ、行事の大成功もある。心から感謝申し上げます。ありがとうございます。

 そこで、この皆さんでグループを結成したいと思いますが、いかがでしょうか」

 皆が歓声をあげた。



引用文献:  注 『ベルグソン全集8』花田圭介・加藤精司訳、白水社