小説「新・人間革命」  9月1日 命宝54

「大変にありがとうございました! 今日から、新しい決意で出発しましょう」

 山本伸一は、こう言って立ち上がると、参加者と握手を交わしながら、外に出た。

 すると、婦人部の竹島登志栄が、駆け寄って来て、伸一の腕を引っ張って言った。

 「先生! 呉会館はこちらです。みんながお待ちしています」

 彼女は、伸一が、そのまま帰ってしまうのではないかと、心配でならなかったのだ。集ったメンバー全員に会ってもらおうと、必死であったにちがいない。

 竹島は、伸一の手を引いて歩き始めた。

 「わかっています。今、行きますよ」

 伸一は、同志を思う、彼女の真剣さが嬉しかった。師を求め抜く一途な求道の心から、歓喜の前進は始まるのだ。

 竹島は、数歩、歩いたところで、われに返り、自分の強引さに気づいた。赤面して手を離し、恐縮して言った。

 「す、すみません!」

 「いいよ、いいよ。みんなが待っているんだもの……。それにしても、竹島さんは、よくぞ十五年間、苦しいなかで、頑張ってくれたね。ありがとう」

 竹島は、十五年間と言われて、なんのことか、すぐにはわからなかった。

 ――その夜、帰宅して、彼女はハッとする。

 一九六一年(昭和三十六年)に山本会長の面接を受け、呉支部の副婦人部長になってから、夫婦で毎月のように、東京での本部幹部会に通って十五年になるのだ。

初めて、そのことに思い至った時、自分でさえ忘れていたことを、覚えていてくれた伸一の一念の深さに、彼女は涙するのであった。

 自分のことを、心から思ってくれる人の存在が、人間を奮い立たせるのだ。

 呉会館の玄関には、くす玉があり、中から「お父さん おかえりなさい」と書かれた垂れ幕が出ていた。高等部員が作ってくれたものだという。伸一は、皆の深い真心に合掌する思いで、その文字を見つめた。