小説「新・人間革命」  9月4日 命宝57

呉での合計三度の勤行会を終えた山本伸一は、さらに控室で、地元の功労者や教育部の代表らと会い、激励を重ねた。

 呉会館を出発する時も、各部屋を見て、こまやかな配慮を怠らなかった。

 「今、私が控室として使わせてもらった部屋は、今後は、婦人部と女子部の部屋にしてはどうだろうか。

 それから、第二集会室となっている部屋は、男子部が使うようにしてはどうだろうか」

 また、階段の電灯を見ると、「少し暗いね。事故などが起きては大変だから、明るいものにしよう」とアドバイスするのである。

 大事故も、その原因は、小事にある。ゆえに、細かいことへの注意が、事故を未然に防ぐ力となるのだ。

 会館の玄関に来ると、置かれていた水槽を眺めた。鯛が悠々と泳いでいた。

 「すばらしいね。生きたままの鯛が見られるなんて。誰が用意してくれたの?」

 地元の幹部が答えた。

 「青年部が、ぜひ、先生にご覧いただこうと、捕ってきたものです」

 伸一は、中国方面の幹部に言った。

 「ありがたいね。水槽を見て、ただ、“立派な鯛だ。きれいだな”と思うだけでは、指導者の資格はないよ。その陰には、大変に苦労をされた方がいるはずだ。

 鯛の泳ぐ姿から、その一つ一つの苦労が、にじんで見えるようでなければ、本当の指導者とはいえない。

 目に見えないところにまで心を配り、陰で頑張っている人、さらに、その陰の陰で黙々と戦っている人を探し出し、一人ひとり、全力で激励していくんです。

 幹部がそれを忘れたら、創価学会ではなくなってしまう。冷酷な官僚主義だ。学会は、どこまでも、真の人間主義でいくんです」

 伸一が、車に乗り込んだのは、午後六時前であった。

 呉の同志への激励は、帰途の車中でも、まだ続くのである。