小説「新・人間革命」 厳護1 12月7日
一九七六年(昭和五十一年)、晩秋の夜であった。
山本伸一は、学会本部での執務を終え、外に出た。冬が間近に迫った夜の外気は、既に冷たかった。
冬は、火災も起こりやすい。伸一は、“今日は、この周辺の学会の施設を点検しながら、自宅に帰ろう”と思っていた。
伸一は、その日、青森の東北総合研修所(現在の東北研修道場)にいた。火災の報告を聞くや、救援活動を指示し、自ら対応に全力を尽くしたのである。
出火元は、市内の映画館であった。原因は、当初、ボイラーの過熱と考えられ、その後、電気系統の故障も疑われた。しかし、それを科学的に立証することは難しく、最終的に、原因不明とされたのである。
だが、ボイラーにせよ、電気系統にせよ、日ごろから入念な点検が行われていれば、火災という最悪の事態を防げた可能性は高い。
人間には、「慣れ」という感覚がある。今いる状況に慣れると、危険が進行していても、“これまで何もなかったから、これから先も大丈夫であろう”と、安易に思い込んでしまいがちである。いや、危険かどうかを考えることさえしなくなってしまうのだ。いわば、感覚の麻痺であり、まさに油断である。
危機管理とは、まず、自身の、その感覚を打ち破るところから始まるといえよう。
御書には、「賢人は安きに居て危きを歎き」(九六九ページ)と記されている。安全なところにいても、常に危険に備えているのが、賢い人間の生き方であるとの御指導だ。
ゆえに、伸一は、火災をはじめ、さまざまな事故、事件が多発しがちな師走を前に、自分から率先して、本部周辺の建物の点検をしようと決めていたのである。