小説「新・人間革命」人材城 42 2012年5月29日

牧口常三郎の教育目的は、明快である。
「幸福が人生の目的であり、従って教育の目的でなければならぬ」
──教育思想家としての彼の眼差しは、早くから、子どもの幸福の実現という一点を見すえていた。
それは、苦学の少年期、そして、北海道の教員経験、さらに、東京・三笠尋常小学校などで、貧しい最下層の児童の現実を直視してきたことと深く関係していよう。
社会の歪みの影響をもろに受け、満足に学ぶこともできずに労働を強いられて、ぼろ切れのような人生を歩むことを余儀なくされた子どもたち。
その子らに、幸福になっていくための力をつけさせたい──そこに、牧口の思いが、理想が、戦いがあったのである。
彼は、教育現場にあって、児童の就学率の上昇、教育環境の整備、学力の向上など、多くの実績を残した。
また、半日学校制度や小学校長登用試験制度などを提唱し、教育制度の改革にも力を尽くしていった。
子どもの幸福を実現するための教育をめざした牧口にとって、「幸福とは何か」ということは、最大のテーマであった。
彼は、それは「価値の獲得」にあるとした。では、価値とは何か──思索は、掘り下げられていく。
牧口は、新カント派の哲学者が確立した「真・善・美」という価値の分類に対して、「美・利・善」という尺度を示した。
「真」すなわち「真理」の探究は、よりよい生活を送るために知識を得るという手段的なものであり、それ自体は目的とはなり得ないとして、価値から外したのだ。
そして、「真」に代わって、「利」すなわち「利益」を加えた。
生活苦に喘ぐ庶民の子らに接してきた牧口は、自身の経験のうえから、「利」の価値の大切さを痛感していたのであろう。
彼は、「美醜・利害・善悪」を、価値判定の尺度としたのだ。画期的な、新たな価値論の提唱である。
牧口は「美」と「利」を個人的価値とし、社会的価値(公益)を「善」とし、個人と全体の調和、自他共の共栄を説いたのである。