小説「新・人間革命」 2013年 1月19日 法旗 39
羽生直一は、入会はしたものの、ほとんど勤行もしなかった。
入会から数カ月が過ぎた冬のある日、小雪の舞うなか、集金のために山間部を車で走っていた。
車がすれ違うには、細心の注意を払い、徐行しなければならない狭い道であった。
急がなければと、アクセルを踏んだ。その時、前方のカーブから大型バスが飛び出してきた。
ブレーキを踏んだ。車体が半回転し、そのまま、凍結した路面を滑った。止まらない。下は深い谷である。
「ワァー、南無妙法蓮華経……」 とっさに題目が口をついて出た。
“落ちた!”と思った。
ハンドルにしがみついた。なんと、車は、ぎりぎりのところで止まった。
だが、腰が抜けて、体が動かなかった。しばらくして、恐る恐るドアを開け、外に転がり出た。
“助かった! 題目で守られたのか……。
俺は、信じるに足るものは自分だけだと思って生きてきた。しかし、今の瞬間、俺は、なす術がなかった……”
この予期せぬ出来事に、人生は、信念と努力だけではどうしようもない“何か”があることを、羽生は体で感じた気がした。
信念と努力が報われるには、正しい人生の軌道を知らねばならない。
幸福を欲して、ひたすら努力しながら、不幸に泣く人のいかに多いことか。生命の法理に則してこそ、信念は輝き、努力は実を結ぶのである。
“題目を唱えた。命を救われた――偶然の産物かもしれないが、この事実は、そう簡単に否定することはできない”と、羽生は考えた。
半信半疑ではあったが、信心に打ち込んでみようと思った。
もともと頑固一徹な性格の彼は、唱題にも、学会活動にも、徹して取り組んだ。
ほどなく羽生は、仕事を衣料雑貨商から呉服商に切り替えた。日々、懸命に信心と仕事に励んだ。店は、着実に軌道に乗っていった。
祈りと弘教の結果が、そのまま商売に現れると、彼は感じた。