正義 42 2014年 2月20日
この御本尊のもと、喜々として弘教に走る会員の姿を、戸田は次のように綴っている。
「一大決意のうえ、実践運動にとりかかった会員は勇気に満ちみち、一糸乱れざる統帥のもとに、厳たる組織のうえに、足並みそろえて大折伏に行進しだしたのである。
仏の使いである。したがって、その自覚に立つ時、自身の境涯革命がなされ、いかなる宿命の嵐をも勝ち越える、大生命力が脈動するのだ。
戸田は、こう宣言している。
「時は、まさに来れり。大折伏の時は、まさに来れり。
一国広宣流布の時は、まさに来れり。いな、いな、東洋への流布の時が来たのである」
さらに、断じて広宣流布の勝利の旗を打ち立てんとする大確信である。
山本伸一は、伊豆の同志に訴えた。
「信心とは、一言すれば、確信であるといえます。確信は、自身の確固不動な信念となり、それが生き方の骨格をなしていきます」