正義 44 2014年 2月22日

創価学会は、広宣流布の大使命を担った、地涌の菩薩の集いである。
日蓮大聖人は、その実践について、「我もいたし人をも教化候へ」(御書一三六一p)と述べられている。
広宣流布をめざす自行化他の学会活動に励む時、自身の胸中には、大歓喜に満ちあふれた、地涌の菩薩の大生命が脈動する。
学会草創の時代、創価の同志は、病苦や経済苦、家庭不和などの悩みをかかえながら、喜々として折伏・弘教に歩いた。
だが、素直に耳を傾ける人は、いたって少なかった。
嘲笑され、罵詈雑言を浴びせられ、なかには、村八分にされた人もいた。
それでも、草創の同志は負けなかった。
なぜか──難が競い起こったことで、先輩から聞かされてきた、御書、経文の通りであることを実感したからである。
それが、歓喜と確信となり、ますます闘魂を燃え上がらせ、弘教の駒を進めてきたのだ。
勇気ある挑戦は、さらに大歓喜を呼び起こし、確信を強く、不動のものにしていく。
その歓喜と確信が大生命力を涌現させ、あらゆる困難をはね返して、勇んで弘教へと突き進む原動力となっていくのだ。
一言すれば、草創の同志の強さは、ただひたすら、体当たりの思いで、折伏・弘教を実践していったことにある。
それによって、地涌の菩薩の大生命が、大聖人の眷属たる大歓喜が、わが胸中に脈動していったのだ。
ゆえに、何があっても屈することなく、勇猛果敢に戦い続けることができたのである。
折伏行に勝る力はない。その実践の積み重ねのなかで、強き信心が培われていくのだ。
山本伸一は、伊豆の同志に訴えた。
「学会の強さは、全会員が、牧口先生、戸田先生の大確信を継承してきたことにあります。
その「仏法の正道」を歩む私たちに、功徳の陽光が燦々と降り注がぬわけがありません。
勝負は一生です。また、三世の生命です。今は大変でも、「見ていてください」と、高らかに宣言して進もうではありませんか!」