小説「新・人間革命」 力走65 2016年年6月9日

高知文化会館には、まだ、たくさんの人が詰めかけていた。山本伸一は、もう一回、勤行会を行った。
ここでは、創価の同志の絆を強め、不退の信心を貫くよう、情熱を込めて呼びかけた。
彼は、一人たりとも、一生成仏の軌道から外れてほしくはなかった。
帰り支度をして、会館の一階に下りた伸一は、運営に使われていた部屋に顔を出した。
彼の姿を見ると、合唱団のピアノ演奏を担当した女子部員が、伸一に報告した。
「先生、私は平尾光子と申します。今回、高知で先生の出られた勤行会に、すべて合唱団として参加することができました。
実は、家族のなかで、父だけが未入会なんですが、私は感激のあまり、毎日、先生のお話を父に伝えておりました。
父も、熱心に話に耳を傾け、一緒に喜んでいました。
それで、こんな句を詠んでくれたんです」
彼女は、短冊を差し出した。
「大いなる 冬日の如き 為人」
「曰はく 一語一語の 暖かし」
伸一は、微笑みながら言った。
「いいお父さんだね。あなたは本当に愛されているんです。
娘さんが、冬の太陽のように周囲を照らし出し、慕われる人に育ったことを、心から喜んでいる心情が伝わってくる句です。
また、あなたの姿を通して、私のことを知り、共感してくださっているんだね。
娘としてのあなたの誠実な振る舞いが、お父さんの心に響いたんです。大勝利です。
私も、お父さんに句をお贈りしたいな」
しかし、出発間際であり、筆もなかった。
「では、お父さんに、『近日中に句をお贈りさせていただきます』とお伝えください」
それから一週間ほどして、伸一から彼女のもとへ、父親あてにトインビー博士との対談集『二十一世紀への対話』が届けられた。
そこには、一句が認められていた。
「父の恩 娘の幸せ 祈る日々」
ほどなく父親は、自ら入会した。
そして、自宅を会場に提供するなど、学会を守る頼もしい壮年部となっていったのである。