小説「新・人間革命」源流 61 2016年11月12日

シン知事は、残念そうに語っていった。
「本来、一つであるべき人類が、国家や民族、身分など、さまざまな壁によって分断されています。
本当に崩れない平和を築いていくのなら、人間が創ってしまった人と人とを隔てる壁を壊すことです」
「そうです。おっしゃる通りです!」
山本伸一は、思わず身を乗り出していた。
そして、「インドの繁栄と平和のために献身されてきて、いちばん悲しかったことはなんでしょうか」と知事に尋ねた。
「イギリスの支配が終わって、インドが独立してわずか数年で、多くの人びとが、釈尊ガンジーなど、偉大なインドの思想家の教えや宗教を忘れてしまったことです。
とりわけ宗教は人類にとって極めて重要であり、人類史に誇るインドの大きな遺産でした。しかし世界も、精神の国であるインドも、それを忘れ去って、物質文明化してしまった。
これは、人類の歴史のうえでも、インドの精神文明のうえでも、最も悲しいことです」
精神を支える宗教性を失う時、人は欲望の従者となり、獣性の暴走を招いていく。
知事は、言葉をついだ。
ガンジーは、私に教えてくれました。 第一に、『政治に宗教が必要である』ということです」
政治には慈悲などの理念がなければならない。
また、政治は権力を伴うゆえに、政治に携わる人間は自身の心を制御する術を磨かねばならぬ。ゆえに宗教性が不可欠となる。
「第二に、『人びとのなかに入っていけ!』『人びとに近づけ!』という実践規範を示してくれました」
民衆から離れて政治はない。民衆との粘り強い対話こそが、時代を変える力となる。 「第三に、『謙虚であれ』ということです」
謙虚か傲慢か──この一念の姿勢が、人生の成否、幸・不幸を決する。傲慢は、自身の欲望、邪心を解放し、人の道を誤らせる。
仏法とは、傲慢を砕く自己制御の力である。 精神の共鳴し合う思い出の対話となった。