小説「新・人間革命」 雌伏 四十九 2017年5月22日

山本伸一は、下船してきた壮年たちを笑顔で包み込み、肩を抱き、握手を交わし、励ましの言葉をかけていった。
「待っていたよ! お会いできて嬉しい。さあ、出発だ!」
彼は、四国の同志の熱き求道の心が嬉しかった。
その一念がある限り、広宣流布に生きる創価の師弟の精神は、永遠に脈打ち続けるからだ。
伸一は、久米川誠太郎に言った。
「本当に、船でやって来るとはね。面白いじゃないか。それだけでも皆が新たな気持ちになる。
何事につけても、そうした工夫が大事だよ。広宣流布智慧の勝負なんだ。
広布の道には、常にさまざまな障壁が立ちふさがっている。
それでも、自他共の幸せのために、平和のために、進まねばならない。
たとえば、陸路を断たれたら海路を、空路をと、次々と新しい手を考え、前進を重ねていくんだ。
負けるわけにはいかないもの」
千年の昔、キルギスの大詩人バラサグンはこう訴えた。
「生ある限り、すべての希望は君とともにある。知恵があれば、あらゆる目的は達せられる」(注)と。
この伸一の歓迎風景も、「聖教新聞」に報じられることはなかった。
報道できなかったのである。
久米川に女子部の代表が、伸一からの花束を贈った時にも、伸一は傍らに立ち、大きな拍手で祝福し、歓迎していた。
しかし、新聞では、彼の姿はカットされ、拍手する腕から先だけが写っているにすぎなかった。
編集者は、断腸の思いで、写真をトリミングしたのである。
神奈川の同志は、神奈川文化会館の前でも、四国からやって来た遠来の友を、温かい大拍手で迎えた。そして、ひたすら師を求める信心の息吹を分かち合ったのである。
四国の同志の一人が、叫ぶように語った。
「弟子が師匠に会うこともできない。『先生!』と叫ぶこともいけない
──そんな話に、おめおめと従うわけにはいきません!」
 
小説『新・人間革命』の引用文献
注 ユスフ・バラサグン著『幸福の智恵』ナウカ出版社(ロシア語)