小説「新・人間革命」 雄飛 六十五 2017年8月30日

トルストイの家と資料館を見学した山本伸一は、大文豪の生き方に勇気を得た思いがした。
伸一は、トルストイが、最後の日記に残した言葉を噛み締めていた。
──「なすべきことをなせ、何があろうとも……」(注)
伸一は、「世界平和」即「世界広宣流布」という、生涯をかけて挑み抜かねばならない使命を深く感じていた。
一行は、さらに国民経済達成博覧会の宇宙館も視察した。
人工衛星などの展示に、らためて宇宙開発にかけるソ連の意気込みを感じた。
案内者に、伸一は感想を語った。
「すばらしい技術力です。この優れた科学技術の力を、人類の平和と繁栄のために活用してください。
世界中の人びとが、それを望み、期待しているでしょう」
十六日は、八日間にわたるソ連訪問を終えてヨーロッパ入りし、西ドイツのフランクフルトに向かう日である。
出発前、伸一たちは、エリューチン高等中等専門教育相夫妻に招かれ、モスクワ川とボルガ川を結ぶ運河を周航しながら懇談した。
教育交流をめぐっての語らいに熱がこもった。船窓から見る岸辺には、美しい緑の景観が広がっていた。
この運河によってモスクワは、白海バルト海カスピ海アゾフ海黒海の五海洋につながる内陸水路の要衝となり、いわば港町になったという。
伸一は、教育交流は運河を建設することに似ていると思った。
それは、国家やイデオロギー、民族等に分かたれた人間と人間とを、未来に向かって結び合い、平和の大海に至る友情の港町を創る作業であるからだ。
伸一の一行は、午後七時、モスクワ大学のログノフ総長らの見送りを受け、モスクワのシェレメチェボ空港を飛び立った。
サマータイムの北の都モスクワでは、まだ太陽は、まぶしいばかりに輝いていた。
降り注ぐ光のなか、搭乗機は大空高く飛翔していった。
欧州では、大勢の同志が待っている! 伸一の胸は躍った。  (この章終わり)
 
小説『新・人間革命』の引用文献
注 『トルストイ全集58』フドージェストヴェンナヤ・リチェラトゥーラ(ロシア語)