小説「新・人間革命」 雄飛 六十四 2017年8月29日

トルストイは、真実の宗教とは何か、真の信仰とは何かを見すえ続け、探究していった。
彼は、人間のなかに「神」を見いだしていったのである。
それは、教会で説く「神」ではなく、人間精神の最高峰であり、良心の結晶としての「神」であった。
そして、
世界の平和と人びとの幸福のために、人間の道徳的回生と暴力の否定、「無抵抗」をもってする悪への抵抗を説いた。その主張は、国家権力と癒着した当時のロシア正教会の教えとは相反するものであった。
ゆえに、彼の著作は、『復活』に限らず、『わが信仰はいずれにありや』『神の王国は汝らのうちにあり』などの宗教論も、国内での出版は難しく、地下出版や国外での発刊を余儀なくされたのである。
「罵詈の声は後世から光栄の響きとして受け取られます」(注)とは、彼に大きな影響を及ぼしたビクトル・ユゴーの言葉である。
政府や教会が、躍起になってトルストイを抑え込もうとするなかで、彼を支持したのは民衆であった。
それによって、さらに世界の賞讃と信望を集めたのだ。
あのマハトマ・ガンジーも、彼に共鳴した一人である。
教会による「破門」も、全くの逆効果となった。
世界が味方するトルストイに、政府も教会も、迂闊に手を出すことはできなかった。
弾圧の矛先は、彼の弟子たちに向けられ、チェルトコフは国外追放された。
また、ビリューコフは八年にわたって辺地に追放されたが、決して屈することなく、後に、師の真実と偉大なる歩みを残そうと、伝記『大トルストイ』を完成させている。
トルストイを支持する民衆も弾圧にさらされ、発禁になった彼の本を持っているだけで逮捕された。
しかし、民衆の支持は揺るがなかった。人びとは彼の誠実を痛感し、彼のめざす宗教の在り方に共感していた。
宗教の価値は、人間に何をもたらすかにある。
勇気を、希望を、智慧をもたらし、心を強くし、あらゆる苦悩の鉄鎖からの解放を可能にしてこそ、人間のための宗教なのだ。
 
小説『新・人間革命』の引用文献
注 『ユーゴー全集第10巻』神津道一訳、ユーゴー全集刊行会=現代表記に改めた。