小説「新・人間革命」 暁鐘 六十六 2017年11月18日

心が定まれば、生き方の軸ができる。その一人が組織の軸となって、広宣流布の歯車は回転を始めていく。
山本伸一は、さらに、テルコ・イズミヤの夫のヒロシのことに触れ、こう語った。
「ご主人には、信仰を押しつけるようなことを言うのではなく、良き妻となって、幸せな家庭を築くことです。
信心のすばらしさを示すのは、妻として、人間としての、あなたの振る舞い、生き方です。
一家の和楽を願い、聡明に、誠実に、ご主人に接していくならば、必ず信心する日がくるでしょう」
この指導を、テルコ・イズミヤは、全身で受けとめた。
彼女は、カナダ国籍も取り、美しき紅葉と人華のカナダの大地に骨を埋める覚悟を決めた。
どんなに、悲しい時も、辛い時も、夫に愚痴をこぼしたりすることはなかった。
すべてを胸におさめ、苦しい時には御本尊に向かい、ひたすら唱題した。
妻として家庭を守り、母として三人の子どもを育てながら、明るく、はつらつとカナダ広布の道を切り開いてきた。
弘教の輪も着実に広がっていった。
夫のヒロシが、信心することを決意したのは、一九八〇年(昭和五十五年)三月のことである。
テルコは夫に、「一緒に信心に励み、あなたと共に幸せになりたい」と、諄々と夜更けまで話した。
ちょうど彼は、大好きだった姉二人が、相次ぎ病で他界したことから、宿命という難問と向き合っていた時であった。
戦争によって、少年期に収容所生活を強いられたことにも、思いを巡らした。
自身の力では、いかんともしがたいと思える不条理な事態に遭遇する時、人は、それを「運命」や「宿命」と呼び、超越的な働きによるものなどとしてきた。
仏法は、生命の因果の法則によって、その原因を究明し、転換の道を説き明かしている。
妻に遅れること十八年、夫は創価の道を行くことを決めたのである。この夜、夫婦で初めて勤行をした。外は大雪であった。
部屋は歓喜に包まれ、テルコの頬を熱い涙が濡らした。