小説「新・人間革命」 宝塔21 3月29日

 無辺行は「常楽我浄」の「常」を表し、また、「地水火風」の「風」の働きをなす。

 「常」とは、生命は三世常住であることを覚知した境涯である。

 生命が永遠であることがわからず、死に怯え、苦悩に縛られた自己を脱して、三世にわたる因果律に立った、広々とした自由自在の境地を会得することである。

 この境地に立つならば、風が塵や埃を吹き払うように、いかなる苦悩も吹き飛ばしていくことができる。

 大聖人は、種々の大難も、「風の前の塵なるべし」(御書二三二ページ)と仰せである。

 さらに、浄行は「浄」を表し、「水」の働きをなす。

 これは、常に仏の清浄なる生命を涌現し、決して現実の汚濁に染まることなく、清らかな水のように、万物を清めていく働きである。

 清らかな心には、豊かな感受性が宿り、感謝があり、感動がある。そこに美しき人間性の花が咲き薫るのだ。

 安立行は、「楽」を表し、「地」の働きをなす。いわば安心立命の境地にも通じよう。

 つまり、何があっても紛動されることなく、豊かな生命力をもって、人生を楽しみきっていける境涯ということである。

 また、大地が草木を育むように、人びとを、支え守る働きといってよい。

 法華経の会座において、末法広宣流布を託されたのが地涌の菩薩である。

 したがって、私たちは広宣流布の使命に生きる時、その本来の生命が現れ、四菩薩の四徳、四大が顕現されるのである。それによって、境涯革命、人間革命、宿命の転換がなされていくのだ。

 一人ひとりが、凡夫の姿のままで自分を輝かせ、病苦や経済苦、人間関係の悩みなど、自身のかかえる一切の苦悩を克服し、正法の功力を実証していくことができるのである。

 その実証を示すための宿業でもあるのだ。

 ベートーベンは、こう叫びを放った。

 「どんなことがあっても運命に打ち負かされきりになってはやらない。――おお、生命を千倍生きることはまったくすばらしい!」(注)

 その道こそが、われらの信仰なのだ。



引用文献:  注 ロマン・ロラン著『ベートーヴェンの生涯』片山敏彦訳、岩波書店 無辺行は「常楽我浄」の「常」を表し、また、「地水火風」の「風」の働きをなす。