小説「新・人間革命」 宝塔36 4月16日

沖縄、広島、長崎と進められた青年部の反戦出版は、一九七九年(昭和五十四年)には一都一道二府二十四県に広がり、五十六巻を数えた。

 さらに、八一年(同五十六年)からは、「戦争を知らない世代へII」として、再び出版を開始。

 八五年(同六〇年)までには、新たに二十四巻が発刊され、全四十七都道府県を網羅するに至った。

 この十二年間にわたる青年の地道な取り組みによって、全八十巻、三千二百人を超える人びとの平和への叫びをつづった“反戦万葉集”が完結したのである。

 各県の青年部は、郷土と戦争の関係を考えながら、「空襲体験」「出征兵士の体験」「戦時下の生活」「外地からの引き揚げ体験」など、テーマを絞り込んでいった。

 出征した兵士たちの証言からは、戦地での壮絶な行軍や悲惨な食糧事情、また、上官の横暴、戦友の凄惨な死などが語られていった。

 そのなかで加害者としての側面も浮かび上がっていった。

 宮城県和歌山県岡山県などの青年たちは、加害者としての視点から反戦出版を進めた。

 和歌山県の青年部は『中国大陸の日本兵』を上梓した。日本兵は中国で何をしたかを記した証言集である。

 “日中友好を考えるならば、たとえ目を背けたい歴史であっても、真摯に凝視しなければならない”と、青年たちは考えたのである。

 証言は、永久に自らの胸の内に秘めておこうと決めてきた、兵士の“忌まわしい過去”である。

 取材に応じてくれた一人の元兵士は、取材を契機に、やめていた酒を飲み始め、夜ごと、苦悶の叫びをあげるようになった。彼の妻は、そのたびに馬乗りになって、彼を押さえつけなければならなかった。

 その後、落ち着きを取り戻し、再取材できたが、青年たちは加害者のもつ、心の傷の深さをあらためて知った。加害者もまた、軍国主義の被害者であることを痛感したのである。

 ゲーテは、近代の戦争というものの本質をこう指摘している。

 「近代の戦争は、それがつづいている間は多くの人を不幸にし、済んでしまっても誰一人をも幸福にはしない」(注)



引用文献:  注 ゲーテ著『イタリア紀行』相良守峯訳、岩波書店