小説「新・人間革命」 友誼の道23  5月28日

 語らいのなかで廖承志会長は、さりげない口調で、山本伸一に言った。

 「山本先生! 創価学会は、中国で布教してくださっても結構ですよ」

 伸一は、笑顔で、しかし、きっぱりと応じた。

 「その必要はありません。今、中国は、毛沢東思想の下で建設の道を歩んでいます。そのなかで人びとが幸せになっていけば、それは仏法にもかなったことになります。

 貴国の平和と繁栄が続けばよいのです」

 伸一は、中国で布教していくために訪中したのではない。

 訪中は、万代にわたる「友誼の道」を開くためであり、平和建設の信念に基づく、人間主義者としての行動であった。創価学会としてなんらかの“見返り”を求めてのことでは決してない――それを明確に言明しておきたかったのである。

 また、布教はしなくとも、信義の語らいを通して、中国の指導者たちが仏法で説く生命の尊厳や慈悲などの哲理に共感していけば、その考え方は、あらゆる面に反映されていくにちがいないと確信していたのだ。

 そもそも、「一念三千」も、「依正不二」も、中国で打ち立てられた法理である。

 翌日の六月一日は「児童節」(こどもの日)であった。

 伸一たちは、この「児童節」の催しに招待を受けていたのである。

 会場の北京市労働人民文化宮は、天安門の東側にあった。参加者は、合計五万人であるという。

 子どもたちは、各所で歌や踊り、手品、さまざまな展示や人形劇、ゲームなどを楽しんでおり、広い敷地は、歓声で沸き返っていた。

 歌や踊りの会場では、髪に黄色いリボンをつけた涼やかな目の少女が、伸一の手をとって、席に案内してくれた。

 彼女は、はにかみながら尋ねた。

 「おじさんは、どこから来たのですか」

 伸一は答えた。

 「日本から来ました。あなたに会うために来ました」

 少女は微笑んだ。

 彼は、相手が大人であろうと、子どもであろうと、一瞬一瞬の出会いを大切にし、友情を結ぶために全力で対話した。出会いを生かす誠実と努力と知恵によって、友誼の道は広々と開かれる。



語句の解説

 ◎一念三千など/一念三千は、六世紀の隋の時代、中国天台宗の開祖・天台大師が法華経に基づき体系づけた法門で、一切衆生の成仏の理論的根拠とされる。

 依正不二は、生命活動を営む主体である正報と、環境である依報が不二であること。八世紀、唐代の天台宗中興の祖・妙楽大師が立てた法門。