小説「新・人間革命」  7月21日 友誼の道69

 山本伸一の一行は、この六月十二日の午後十時過ぎに上海に戻った。

 そして、翌十三日午前には、上海市普陀(プートゥー)区の「曹楊新村」(ツァオヤンシンスン)を訪れた。

 ここは、一万五千世帯、七万人の人びとが住む労働者団地である。

 伸一と峯子は、託児所や幼稚園も訪れた。子どもたちに頬ずりし、時には膝の上に抱きながらの参観であった。

 子どもたちは、かわいらしい歌や踊りを披露し、歓迎してくれた。それは、まるで天使の踊りのようであった。

 伸一は、お礼にとピアノに向かい、「さくら」「春が来た」「むすんでひらいて」を演奏した。

 子どもたちはニコニコして、リズムに合わせて手や首を動かしながら、その演奏を聴いていた。

 心は、深く、強く、通じ合っていった。

 子どもたちに寄せる伸一の親愛の情を、誰もが感じ取ったようだ。

 「音楽は人類普遍の言語である」(注)とは、アメリカの詩人ロングフェローの言葉である。

 一行は午後には、虹橋(ホンチャオ)人民公社を訪れ、工場や地下用水路などを見たあと、この公社で働く七人の青年と語り合った。

 伸一は率直に尋ねた。

 「『人民に奉仕する』ということは、新中国の根本をなす教育思想であると思います。

 しかし、その精神に立てない青年もいるのではないでしょうか。そういう青年に対しては、どのように啓発を行っていますか」

 すると、一人の青年が、自分の体験を語った。

 「私は農業に従事していますが、農作業を始めたころは、天秤棒を使って土を運ぼうとしても、すぐにバランスが崩れ、歩くに歩けませんでした。

 その時に、私をなぐさめ、勇気づけ、畑仕事を一生懸命に教えてくれたのが、かつて貧農であった人でした。

『頑張るんだよ』との、温かい励ましは、忘れられません。

 この素朴な触れ合いを通して、私は人間の真心を、すばらしさを実感し、この人たちに奉仕しようと決めました」

 人民と行動し、苦楽を共にし、人民に学ぶことが、人民への奉仕の心を培うというのだ。