小説「新・人間革命」 友誼の道74  7月27日

遂に別れの朝が来た。それは、永遠なる友誼への新しき旅立ちの朝であった。

 午前八時、山本伸一の一行は、宿舎の広東迎賓館を出発した。

 広州駅で、北京到着以来、一緒であった中日友好協会秘書長の孫平化、陳永昌と別れた。

 葉啓ヨウと殷蓮玉は、出迎えてくれた深センまで送ってくれるという。

 一行の乗った列車が、中国最後の駅である深セン駅に到着したのは、午前十時五分であった。そこから、往路と同様に、徒歩で香港側の羅湖駅に向かった。

 狭いところでは川幅が数メートルほどの小さな川が、中国とイギリス領香港との境界線である。この川に架かる鉄橋で、葉啓ヨウと殷蓮玉ともお別れである。

 伸一は二人に言った。

 「大変にお世話になりました。お二人のご恩は生涯、忘れません。

 私たちの友情は永遠です。また、お会いしましょう。ぜひ、日本にも来てください」

 伸一は、二人と固い握手を交わした。

 そして、伸一は葉啓ヨウの、峯子は殷蓮玉の肩を強く抱き締めた。

 それから、訪中団のメンバー全員が、この二人の案内者と握手した。

 名残は尽きなかった。

 「謝謝。再見!」(ありがとう。さようなら)

 伸一は笑顔で言うと、歩き始めた。

 葉と殷は目を潤ませ、一行の後ろ姿に、いつまでも手を振り続けた。

 伸一たちも、何度も振り返っては、「再見!」と叫んで手を振った。

 まさに、そこに確かなる友誼の実像があった。

 伸一は、歩きながら、深く心に誓っていた。

 “この中国の友人たちのためにも、中ソの戦争は絶対に回避しなければならない。さあ、次はソ連だ!”

 彼の胸には、中ソの平和を実現するための、新たなる闘魂が赤々と燃え上がっていた。

 「私は今までやっていた仕事が仕上がったその日に、次の仕事を始めたものであった。一息入れて休むということは絶対にしなかった」(注)

 これは、伸一が対談を重ねたトインビー博士の信念である。大業を成すための要件といえよう。

 なお、博士は、伸一の訪中の直前に、心からの喜びの声を寄せてくれていた。



引用文献:  注 A・J・トインビー著『回想録I』山口光朔・増田英夫訳、社会思想社