小説「新・人間革命」 懸け橋48  9月25日

山本伸一は、さらにウラジミル学長に、こう尋ねた。

 「学長は、なぜ神学の道を歩むことになったのでしょうか」

 個人の内面に一歩踏み込んだ質問である。学長は柔和な表情を浮かべ、言葉を選ぶように語っていった。

 「人間には、その人なりの使命があると思います。結果的にいえば、私は、心の中にある信念に従ったといえます。

 私は、第二次世界大戦で、兄を亡くしました。それは、実に大きな衝撃でした……」

 兄の死が、学長を宗教への探究に向かわせたのである。

 「死」というテーマの回答は宗教にしかない。

 「あらゆる信仰の本質は、死によっても消滅することのない意義を生に与えるという点にある」(注)とは、トルストイの達観である。

 伸一は深く頷いた。

 「そうですか。

 私も、第二次世界大戦で長兄を亡くしました。ほかの三人の兄たちも戦地に行きました。私自身も、結核に苦しんでいました。戦争の悲惨さは、いやというほど身に染みております。

 私は、戦後、日本を戦争へと駆り立てた精神的支柱である、国家神道に疑問をいだきました。

 そして、十九歳の時に創価学会の第二代会長となる戸田城聖先生と会いました。

 学会が軍部権力に抗した希有の団体であったことなどを知り、人生の新しき哲学を求めて信仰の道に入ったのです」

 二人は共通した運命を感じた。互いに兄の死と平和への渇望が、求道の契機となっているのだ。

 学長は尋ねた。

 「宗教界の平和運動について、どうお考えになりますか」

 伸一は答えた。

 「民衆に根差し、支持を得ているかどうかが課題であると思います。

 また、それが自らの宗派の売名であってはならない。さらに、戦争をもたらす本質を鋭く看破した、しかも、現実に根差したものでなければなりません」

 今度は学長が頷いた。

 会談を終えると、伸一は記帳を求められた。

 「人間原点の橋を、更に高く長く。

   創価学会会長

      山本伸一

 短時間だが、有意義な宗教間対話となった。



引用文献:  注 「懺悔」(『トルストイ全集14』所収)中村融訳、河出書房新社