新・人間革命 懸け橋 64

山本伸一の根本的なイデオロギーとは何かを聞いたコスイギン首相は、張りのある大きな声で語り始めた。
 「山本会長の思想を、私は高く評価します。
 その思想を、私たちソ連も、実現すべきであると思います。
 今、会長は、『平和主義』と言われましたが、私たちソ連は、平和を大切にし、戦争を起こさないことを、一切の大前提にしています」
 伸一が最も語り合いたかったテーマに、話は移っていた。彼は、頬を紅潮させながら語った。
 「それは、大変にすばらしいことです。絶対に戦争は避けなければなりません。
 私はレニングラードへ行き、ピスカリョフ墓地を訪問しました。第二次大戦でソ連が払った多大な犠牲を、生命に焼き付けてまいりました。
 今回の訪ソでは、貴国の人民も、指導者も、平和を熱願していることを痛感いたしました」
 伸一の胸には、戦争への、強い、強い、憤りがたぎっていた。
 彼は、ナチス・ドイツに包囲され、激しい攻撃と、飢えと、寒さで生命を失った、レニングラードの人びとの苦闘を思いつつ、墓地を訪れた印象を語っていった。
 「ソ連の人びとは、あまりにも過酷な体験をしました。こんなことを二度と許してはなりません」
 この時、首相の目が、キラリと光った。伸一の目を、じっと見つめながら、話に耳を傾けていた。
 伸一は尋ねた。
 「閣下は、あの第二次大戦の時は、どちらにいらしたのでしょうか」
 首相は静かに答えた。
 「レニングラードナチス・ドイツに包囲されていた時、私もレニングラードにいました……」
 そう言ったきり、しばらく沈黙が続いた。当時のことを思い返しているようでもあった。
 戦争の悲惨さを知るならば、断じて、その歴史を繰り返してはならぬ。 アインシュタインはこう呼びかけている。
 「この世代をして、戦争の野蛮さを永久に追放した世界という、量りがたい遺産を未来の世代に残さしめましょう。われわれが決意すればできるのです」(注)
 それが、「現在」を生きる者の使命である。
 コスイギン首相の目には、平和建設の決意が燃えていた。



引用文献
 注 『アインシュタイン平和書簡1』O・ネーサン、H・ノーデン編、金子敏男訳、みすず書房