小説「新・人間革命」 懸け橋66  10月17日

コスイギン首相は、一瞬、沈黙した。

 それから、きっぱりとした口調で、山本伸一に言った。

 「どうぞ、ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です」

 伸一は、笑みを浮かべて首相を見た。

 「それでしたら、ソ連は中国と、仲良くすればよいではないですか」

 首相は、一瞬、答えに窮した顔をしたが、すぐに微笑を浮かべた。

 心と心の共鳴が笑顔の花を咲かせた。

 伸一は、この会談に、確かな手応えを感じた。

 エマソンは結論する。

 「賢明で教養があり、心のこもった会話は、文明の最後の花であり、われわれが人生から受ける最良の結末である」(注)

 対話は、閉塞した状況を切り開き、未来に希望の光を注ぐ太陽となる。

 さらに話題は、核兵器の問題に移っていった。

 首相は、憂いをかみしめるように語った。

 「既に現在、核は全世界が滅びるほど、十分にあります」

 そして、静かな口調ではあるが、断固たる決意を込めて言った。

 「核兵器をこのまま放置しておけば、ヒトラーのような人間がいつ現れて、何が起きないとも限りません。そうなれば、地上の文明を守る手立てはないのです。

 人類は遅かれ早かれ、核軍縮を決定するに違いありません」

 その言葉に、伸一は驚きを隠せなかった。

 当時、「ソ連核兵器は、世界平和のために必要な保障である」というのが、ソ連の公的な主張であったからだ。その見解を根底から覆すことになる、画期的な発言といってよい。

 伸一は、勇気ある言葉だと思った。

 首相はそれから、核実験の禁止に始まる核兵器全面廃止のプロセスについて考えを語った。

 伸一は、全く同感であった。それは、彼が、かねてから強く主張してきたことでもあった。

 首相の話に、喜びが込み上げてきた。

 伸一は思った。

 “中国も、核兵器の全面廃止が基本的な立場であると言明していた。


 したがって、ソ連も、中国も、同じ見解に立っているといってよい。

 それならば、核廃絶への世界の潮流をつくり出すことは、決して不可能ではないはずである”