小説「新・人間革命」 懸け橋68  10月19日

コスイギン首相は、自らの信念を吐露するように、確信にあふれた声で語った。

 「人間が戦争のための準備ではなく、平和のための準備をしていれば、武装に莫大な資金や労力を費やしたりせずに、多くの食糧を作ることができます。

 食糧問題を解決する道は、平和にあります」

 指導者の言葉は重い。山本伸一は、首相の「心」に触れた思いがした。

 時間は、既に一時間半が経過していた。首相の予定していた会談時間を、大幅に超えているにちがいない。伸一は、これ以上、時間を取らせてはならないと思った。 

 「本日は、ご多忙にもかかわらず、お会いしていただき、大変にありがとうございました」

 首相は答えた。

 「私の方こそ、大変に有意義な語らいができましたことを、感謝申し上げます。

 山本会長が提起した問題は重要です。政治、経済の分野だけではなく、諸問題に大きな影響をもたらす貴重な意見です」

 伸一は、会談の最後に日本画などの記念品を贈った。コスイギン首相からは、ソ連邦政府五十周年を記念した銀のメダルが贈られた。

 別れ際に首相は、伸一の手を、ぎゅっと握って言った。

 「モスクワに来られた折には、必ずお会いしましょう」

 「ありがとうございます。また、お目にかかれる日を楽しみにしております」

 伸一が会見会場を出ると、通訳を務めたストリジャックが、興奮した様子で語りかけた。

 「感動しました。本当に実りある会談でした」

 また、ストリジャックから会見の模様を聞いたホフロフ総長は、伸一の手を強く握り締めながら語った。

 「会見の内容を伺い、嬉しくて仕方ありません。ソ日友好の大きな流れを開く百点満点の会見であったと思います」

 伸一は答えた。

 「ありがとうございます。胸襟を開いた、率直な対話ができました。

 コスイギン首相の平和を愛する心、また、そのお人柄に、深く感銘いたしました」

 勇気と誠実をもって相手の心に飛び込んでこそ、胸襟は開かれ、深い魂の対話を交わすことができるのである。