小説「新・人間革命」 人間外交35  4月11日

日中平和友好条約は、難局を迎えていた。

 山本伸一は、その締結の道を開くために、反覇権条項を強力に主張する中国の考えを、改めて確認しておきたかった。

 相手の考えを正しく知り、理解してこそ、さらに深い話し合いが可能となるからだ。

 トウ小平副総理は、自信に満ちた口調で、中国側の見解を語り始めた。

 「平和友好条約に覇権反対を明示することは、中国人民、日本人民の願望に合致するものです。

 『反覇権』には二つの意味が含まれます。

 一つは、中国も、日本も、アジア・太平洋地域で覇権を求めないということです。

 中国は、これによって中国自身を制限したいと考えています。つまり、中国は、アジア・太平洋地域で覇権を求めないという義務を、自ら負うということになります。

 これはアジア・太平洋地域の各国のみならず、日本にとっても悪いことではないはずです。

 また、第二次世界大戦、さらに、この百年近い歴史のなかで、日本のイメージは傷ついてしまいました。

 覇権反対の条項を盛り込むことは、日本が過去の歴史を正しく総括していることを裏付けるものとなります。

 したがって日本が周辺国の信頼を回復し、関係を改善するためにも、有益かつ必要な条項です」

 副総理は、話すにつれて、言葉にますます熱がこもっていった。

 「反覇権の二番目の意味は、いかなる国家・集団であれ、この地域で覇権を求めることに反対するということです」

 そして、日本では、この条項を入れればソ連の感情をそこねるのではないかと議論されているが、既にこれは「日中共同声明」に謳われていることであると強調した。

 この会談には、日本の外務省のアジア局長も同席している。

 伸一は、自らの考えを述べることより、トウ副総理の見解を尋ねることに力点を置いた。

 中国の見解を正しく認識することが、日本が対応を検討するうえで極めて大事になると考えたからだ。

 伸一が民間人であるからか、副総理は、忌憚なく答えてくれた。

 相手の話をいかに引き出すかに、対話の重要なポイントがある。