小説「新・人間革命」 人間外交60  5月13日

山本伸一武漢大学から宿舎の勝利飯店に戻ると、湖北省の主催で、少年少女たちによる「文芸の夕べ」が開かれた。

 木琴、アコーディオンの演奏もあれば、「さくら」「木曾節」の独唱、白鳥の踊りもあった。

 楽器演奏では、伸一がアンコールを求めると、「春が来た」を演奏してくれた。伸一も、峯子も、手拍子を打って演奏に応えた。

 「嬉しいです。本当にありがとう。皆さんは中国の未来の、よき後継者として育ってください。

 この模様は映画に撮りました。明るく、はつらつとした姿を、日本の多くの人たちに伝えてまいります」

 伸一の言葉が訳されると、「謝謝!」という、子どもたちの大きな声が返ってきた。

 青年との交流が、次世代との友好ならば、少年少女との交流は、次々世代との友好となる。

 未来への友誼の流れがまた一つ生まれたのだ。

 翌二十日は、早くも上海に移動しなければならなかった。

午前中、伸一たちは、中国人民対外友好協会の湖北省分会や武漢大学の首脳らに、東湖に案内された。

 彼は武漢の人たちと相互理解を深めるために、もっと対話したかった。

観光のためだけに、大切な時間を費やすわけにはいかなかった。

 遊覧船に乗ると、伸一は提案した。

 「さらに友好と理解の道を開くために、大いに語り合いましょう。船上の友好懇談会です」

 幼少期の思い出や教育など、語らいは弾み、遊覧船は、心触れ合う人間交流の場となった。

 一日は二十四時間しかない。だが、その二十四時間は万人に与えられている。

この限りある時間をいかに有効に活用するかで、人生の仕事量も充実度も決まっていく。

 ゲーテは叫んだ。

 「誠実に君の時間を利用せよ!」(注)と。

 正午前、伸一たちの一行は武漢の空港を出発し、南京経由で上海に向かった。

 南京の空港では、中国青年代表団の一員として三月に日本を訪れ、伸一と聖教新聞社で懇談したメンバーが出迎えてくれた。

思いがけない、嬉しい再会であった。

 出会いは泉を掘ることに似ている。それがやがて、友情の川をつくり上げていく。



引用文献:  注 『ゲーテの言葉』高橋健二訳、彌生書房