小説「新・人間革命」 人間外交61 5月14日

南京から上海までは、飛行機で、四十五分ほどの航程である。

 山本伸一の一行は午後二時半、この訪中の最後の訪問地である上海に到着した。

 その日の夜、伸一たちは、「日中友好国民協議会」第三次訪中団の答礼宴に招かれて出席した。この団は、大学の教員らで構成されていた。

 伸一は、団長である大阪外国語大学金子二郎名誉教授や、副団長である東京教育大学和歌森太郎教授、秘書長である東京大学の菊地昌典助教授らと、日中友好の今後の展望などをめぐって、親しく懇談した。

 翌二十一日の午前十時、伸一たちは、黄浦江(ホアンプーチヤン)へ案内された。黄浦江は上海の中央を流れ、長江が東シナ海に注ぎ込む前に合流する川である。

 ここから船に乗り、長江見学に出かけ、船上で上海市の関係者らと、中国の未来像について語り合った。

 伸一は、これまでの中国訪問の実感をもとに、意見を述べた。

 「中国は商工業などが発展し、大きな経済成長を遂げ、必ず世界をリードする国になります。そこで大事になるのが心の豊かさであり、人間の精神性をいかにして培うかであると思います。

 経済的に豊かになっても、人間が欲望の奴隷のようになってしまえば、社会は殺伐としたものになってしまうからです」

 ――「われわれを富ましめるもの、それは心です」(注)とは、セネカ箴言である。

 一時間ほどすると、長江が見えてきた。武漢で長江を見た時の川幅は、一キロ余りであったが、ここの川幅は十五キロであるという。

 青海(チンハイ)省に源を発し、東シナ海に注ぐまで、六千三百キロにも及ぶ雄大な流れの終着点である。まさに「源遠ければ流ながし」(御書三二九ページ)である。

 伸一は長江を展望するうちに、日中両国は、まさに一衣帯水であると、しみじみと感じた。

 彼は思った。

 “この川が東シナ海に注ぎ、その先は日本だ。日本と中国は、海によって隔てられているのではない。海によってつながっているのだ。

 もっともっと交流があってしかるべきだ。さらに、友好促進を図っていかねばならない”



引用文献:  注 『セネカ 道徳論集(全)』茂手木元蔵訳、東海大学出版会