小説「新・人間革命」 共鳴音3  5月21日

「広布文化賞」は、日蓮大聖人の仏法を根底に、人間文化の興隆に努めてきた人に贈られる賞である。

 そして、「広布功労賞」は、地域広布に貢献してきたメンバーを顕彰するものである。

 山本伸一は、共に学会のため、広宣流布のために奮闘してくれた同志を賞讃し、顕彰していく流れを厳然とつくっておきたかったのである。

 受賞者は皆、喜々として晴れやかであった。

 「陰徳あれば陽報あり」(御書一一七八ページ)と言われるように、隠れた善行は明確な善の報いとなって必ず表れる。陰で黙々と広宣流布のために献身してきた苦労は、いつか必ず、大功徳となって花開く。

 仏法は生命の厳たる因果の法則であるからだ。

 伸一は「冥の照覧」という法理に則り、広宣流布に尽くし抜いてくれた同志を表彰することで、その敢闘を讃え、労をねぎらい、深い感謝の心を伝えたかったのである。

 日興遺誡置文には「身軽法重の行者に於ては下劣の法師為りと雖も当如敬仏の道理に任せて信敬を致す可き事」(同一六一八ページ)と認められている。

 ――一身を賭して法を弘める行者に対しては、いかに身分が低い法師であったとしても、まさに仏を敬うようにするというのが道理であり、最大の尊敬を払わなくてはならない、というのである。

 広宣流布の功労者、実践者、智者を敬いなさいという、こうした遺誡は、二十六箇条のうち四箇条もあるのだ。

 伸一は、この精神のうえからも、広宣流布に多大な尽力をされてきた方々を、顕彰しなくてはならないと思った。

 また、大聖人が「ほめられぬれば我が身の損ずるをも・かへりみず……」(同一三六〇ページ)と仰せのように、讃えられれば、また頑張ろうというのが人間の心の常である。

 表彰が受賞者の励みとなり、さらに決意に燃えて奮闘していただけるなら、それがまた、前進の新しい活力となる。

 第二代会長の戸田城聖も、広宣流布のために奮闘した弟子たちをいかに賞讃し、励ますか、常に心を砕いていた。

 「論功賞罰はきちんとせよ」というのが、戸田の教えであった。



語句の解説

 ◎冥の照覧/「冥」とは、奥深く、目に見えないことで、ここでは凡夫には見えない仏神をいう。仏や諸天善神が、人々の一念や行動をことごとく知っていること。

 ◎日興遺誡置文/第二祖日興上人が、元弘三年(正慶二年=一三三三年)一月、門下に与えられた二十六箇条の遺誡状のこと。日蓮大聖人の御弘通を継ぎ、広布に生き抜く根本精神を教えられ、僧俗の信行学の基本を明らかにされている。