小説「新・人間革命」 共鳴音10 5月29日

山本伸一は、本部幹部会が終了し、退場する時にも、表彰者の席を回った。そして、開会前に伸一が配ったカブトを被り、微笑む初老の男性に声をかけた。

 「カブトがよく似合います。まるで若武者のようですよ」

 折から、学会歌の調べが流れた。すると、伸一は、空いていた隣の席に座り、その男性の肩に手をかけて言った。

 「さあ、一緒に、声高らかに学会歌を歌いながら、新しき法戦に出発しましょう!」

 伸一は、元気いっぱいに学会歌を歌い始めた。初老の男性も、喜々として歌った。全参加者が、それに唱和し、力強い手拍子が響いた。

 ドイツの詩人ヘルダーリンは詠った。

 「あなたと共に私は心をこめて よりよい時代のために闘うのだ」(注)

 会場中の人が、そうした思いで熱唱した。それは、誓いと歓喜の、新しき船出の歌声であった。

 伸一は、さらに、このあとも、表彰者との記念撮影に臨み、声を嗄らしながら、メンバーを激励し続けるのであった。

 翌六日には、会場を東京・千代田区内のホテルに移して、陰の力として学会を支えてくれた、功労者千人を招いて、記念の祝賀会が行われた。

 全国の同志は、伸一の会長就任十五周年を心から祝福しようと、この一連の記念行事に集ってきた。しかし、その集いは、伸一の方が皆を祝福し、励ます場となった。

 彼は、いかなる団体や組織も、繁栄、安定していった時に、衰退の要因がつくられることをよく知っていた。

 「魚は頭から腐る」といわれるように、繁栄に慣れると、ともすれば幹部が、怠惰や傲慢、保身に陥り、皆のために尽くそうという心を忘れてしまうからである。

 学会の幹部は広宣流布と同志に奉仕するためにいるのだ。それを忘れてしまえば、待っているのは崩壊である。

 しかし、健気な奉仕の実践が幹部にあるならば、学会は永遠に栄えていくことは間違いない。

 大切なのは、“あそこまで自分を犠牲にして尽くすのがリーダーなのか”と、皆が驚くような率先垂範の行動だ。

 伸一は会長就任十五周年の佳節にあたり、そのことを身をもって示しておきたかったのである。



引用文献:  注 ヘルダーリン著「ディオティーマに」(『世界名詩集大成6 ドイツ篇I』所収)手塚富雄訳、平凡社