小説「新・人間革命」 共鳴音11  5月30日

 「わたしたちには、行動が人生だ。

 力を発揮することだけが喜びなのだ」(注)

 ドイツの詩人ノバーリスは誇らかにうたった。

 会長就任十五周年の記念行事を終えた山本伸一は、五月十三日には、フランス・イギリス・ソ連訪問に出発した。

 アメリカ、中国に続いて、この年、三度目となる海外訪問である。

 旅程は十八日間であり、このうちソ連訪問は、前年九月に続いて、これが二度目となる。

 現地時間の午後六時、フランスのパリに到着すると、空港には、ヨーロッパ会議議長の川崎鋭治らの、元気な顔があった。川崎は今回、伸一のソ連訪問にも、同行することになっていた。

 伸一は語りかけた。

 「出迎えありがとう。

 川崎さん、私は、新しい歴史を創る旅をするからね。これまでの何倍も懸命に働きます。一日一日が真剣勝負です」

 柔和な微笑みを浮かべていた川崎の顔に、緊張が走った。

 彼は、これまで伸一と共に、ヨーロッパ各地を回ってきた。常に伸一は真剣勝負であった。息継ぐ間もないほどの、全力投球の連続であった。

 それなのに今回は、その何倍も、懸命に働くというのだ。

 やや遅れて、川崎が、「……はいっ!」と答えると、伸一は言った。

 「私と一緒に行動していくなかで、境涯を大きく開いてほしい。

 私の身近にいる日本の最高幹部が、惰性に陥ったりした時には、すぐに指摘し、励ましてあげることができる。

 しかし、海外の中心者というのは、普段は励ましてくれる人も、指導してくれる人もいない。

 自由でいいように思えるかもしれないが、それだと、どうしても惰性に陥り、新しい挑戦の意欲を失ってしまいがちだ。

 また、ともすれば、わがままや自分勝手になってしまい、場合によっては信心の軌道を踏み外してしまうことにもなりかねない。

 惰性というのは怖いものだ。いつの間にか、自分をむしばんでいく。

 たとえば、本来、百の力をもっていたとしても、惰性に陥り、挑戦を怠り、七十の力しか出さなければ七十が、三十の力しか出さなければ三十が、自分の力になってしまう」



引用文献:  注 『ノヴァーリス全集1』青木誠之・池田信雄・大友進・藤田総平訳、沖積舎