小説「新・人間革命」 共鳴音13  6月2日

五月のパリは、色とりどりの花が咲き競い、緑が薫る、美しい希望の季節である。

 翌十四日、山本伸一は妻の峯子らと共に、パリ大学ソルボンヌ校を訪問し、アルフォンス・デュプロン総長と会談した。

 総長とは、二年前の同校訪問の折にも語り合っていた。

 同校で起こった学生運動が、一九六八年(昭和四十三年)の「五月革命」へと発展し、社会変革を求める大規模な大衆運動となったことは、よく知られている。

 総長は、ここで長年、教育者として、諸問題の解決に取り組み、教育の在り方について探究していた。

 伸一は、教育関係者と会うと心が躍った。教育は次代を創る。ゆえに、未来を創造するための語らいができるからだ。

 デュプロン総長は、伸一との再会を喜び、笑顔で握手を交わした。

 総長は、二年前の会談以来、伸一に共感を寄せ、その行動に注目してきたという。そして、伸一との語らいを待っていたかのように、会談の冒頭から、教育の使命について論じていった。

 「教育は本来、社会の進むべき方向を照らし出すものであると思います。

 憂慮すべきは、現在、人びとの精神が戦争へと向かっているということです。個人、国家を問わず、すべてのレベルで平和を志向していく必要があります。

 そのための“平和への教育”こそ、最も大切であり、それを行うことが教育者の責任です」

 伸一は総長の言葉に頷くと、身を乗り出すようにして語った。

 「おっしゃる通り、教育者には、平和を築こうとの固い信念と情熱が必要です。教師が学生の平和建設の意志を触発していくことが、平和教育の根本です。

 私は教師には、単に知識を与えるだけではなく、心を呼び覚ます役割があると考えています」

 「その通りです!」

 総長は瞳を輝かせた。

 語らいは、世界の平和を築くうえで、何が必要かに及んだ。

 伸一は、人類の融合を図るために、異なる文化の交流が必要であり、特に教育交流が大切であることを訴えた。総長も、全く同じ意見であった。

 未来の責任を担おうとする二人の、魂と魂が響き合う語らいとなった。



引用文献:  注 「摩羅詩力説」(『魯迅選集5』所収)松枝茂夫訳、岩波書店