小説「新・人間革命」 共鳴音16  6月5日

創価学会のめざす広宣流布とは一次元から言えば、“励まし社会”の創出である。

 御聖訓には「末代濁世の心の貪欲・瞋恚・愚癡のかしこさは・いかなる賢人・聖人も治めがたき事なり」(御書一四六五ページ)と仰せだ。

 競争社会の様相を濃くし、互いに足を引っ張り合い、嫉妬、憎悪、いじめなどが横行しているのが現代社会である。利己主義が蔓延し、人びとの心と心は分断され、閉ざされているといっても過言ではない。

 励ましの対話によって、その心を開き、勇気と希望の光を送り、人間と人間の善の連帯をつくりあげていくのが、創価学会の運動である。

 あいさつに立った川崎鋭治は、頬を紅潮させながら語り始めた。

 「私はヨーロッパに来てから、早いもので十五年がたちます。でも、まだ、なんの貢献もできておりません。

 それなのに山本先生は、いつも私を讃え、励ましてくださいました。先生の真心で、激励に次ぐ激励で、どれだけ勇気と希望をいただいたか計り知れません。

 また、常に同志の皆様に支えられ、守られてまいりました。

 山本先生をはじめ、同志の皆様方に、この場をお借りして、心より御礼申し上げます。

 思えば、九年前、私は交通事故を起こし、大量の輸血をしていただきました。私の体には、多くのフランス人の血が流れております。

 そのおかげで命を救われ、こうして元気に駆け回ることができます」

 彼の目が潤んだ。

 「私は、フランス、そして、ヨーロッパの皆様の幸せのために、身を粉にして働き抜き、このご恩に報いていく決意でございますので、よろしくお願い申し上げます。

 私どもは異体同心の団結で、それぞれの個性を人びとの幸福と社会の繁栄のために最大限に生かしながら、仲良く、朗らかに前進していこうではありませんか」

 拍手が広がった。

 山本伸一は、川崎の話を聞きながら、“これならばヨーロッパは大丈夫だ”と思った。

 川崎の話から、皆への感謝の心と謙虚さを感じたからである。反対にリーダーが慢心に陥れば、広宣流布の組織は破壊されてしまう。



語句の解説:  

◎末代濁世の心の……/減劫御書の御文。

末法釈尊の仏法の救済力が失われ、世の中が乱れ、争いが絶えない時代)の今日、人の心は、貪欲(むさぼり)・瞋恚(いかり)・愚癡(おろか)が甚だしく、どのような賢人・聖人であっても治めることが難しい」の意。