小説「新・人間革命」 共鳴音41  7月5日

戦場でレイモンド・ゴードンが見たものは、退却した日本軍の累々たる屍であった。また、日本軍の攻撃でゴードンも部下を失った。

 さらに彼は、マラリアにもかかった。

 戦地で高熱にうなされながら、彼は思った。

 “われわれは、なんと愚かなことをしているのか……”

 この戦争が、彼の平和主義の原点となった。

 しかし、戦後も、適当な転職先が見つからず、生きていくためには軍人を続けるしかなかった。

 軍をやめる契機になったのは、核兵器の利用方法の研究という任務を与えられたことであった。

 “もう、そんなことはごめんだ!”

 彼は、人間の愚かさに、あきれ果てていた。

 そして、ビジネスの世界に飛び込み、やがて男性装飾品の有名ブランドの極東支配人となった。さらに、手腕が買われ、スポーツ用品会社の取締役に迎えられ、横浜に居を構えた。

 そのころ、日本人の知人から一冊の本を渡された。山本伸一の小説『人間革命』の英語版であった。自宅に戻って本を取り出した。

 冒頭を読み、ゴードンは衝撃を受けた。

 「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」

 その言葉は、軍人であった彼の胸を突き刺すように迫ってきた。

 心に痛みを覚えながら、彼は、むさぼるようにページをめくった。

 ゴードンは『人間革命』に記された「平和思想」「生命尊厳の哲学」にひかれていった。著者の山本伸一に興味をもった。

 知人に、伸一について尋ね、彼が創価学会の会長であることを知った。また、伸一の兄がビルマ(現在のミャンマー)で戦死していることを聞き、罪の意識を感じた。

 知人に誘われ、座談会にも出てみた。

 明るく和やかな雰囲気、生きる喜びにあふれた輝く笑顔に、生命が揺さぶられた。

 やがてゴードンは、勧められるまま、題目を唱え始めた。生命力がわくのを覚えた。

 だが、それでも、仏教徒として生きていく決断を下すには、かなりの時間がかかった。

 「善は勇気を必要とする」(注)とはスイスの哲学者アミエルの箴言である。



引用文献:  注 『アミエルの日記』河野与一訳、岩波書店