小説「新・人間革命」 宝冠6 7月21日

会談の最後にポポワ議長が笑顔で語った。

 「もう一つ、プレゼントがあります」

 絵画が運び込まれた。タテ一・八メートル、ヨコ二・二メートルの油彩画である。

 灰色の死の街で、浴衣を着てひざまずき、深い悲しみに沈む人の姿が描かれていた。

 「広島の原爆投下の惨状を描いた絵です。絵のタイトルは『ヒロシマの影』です」

 ポポワ議長は、作者のB・ネメチェフ画伯を山本伸一に紹介した。ソ連国家賞を受賞し、高い評価を得ている美術家である。

 この絵は、日本から原爆の惨状を伝える資料を取り寄せ、六年間かけ、平和への思いを託して描き上げたという。

 「私は叫びつづける。/平和、平和、平和」(注)とは、十四世紀のイタリアの詩人ペトラルカの魂の叫びである。

 平和がなければ芸術もない。人間が人間らしく生きるために、断じて勝ち取らねばならぬものが平和である。ゆえに平和の成就は、人間主義を掲げるわれらの使命なのだ。

 伸一は、深い感謝の思いを込めて、画伯と握手を交わした。

 「ありがとうございます。永遠に平和の象徴としていきます。今年は、原爆投下から三十年です。創価学会は、今年の秋、広島で本部総会を開催します。この貴重な絵は、必ずや意義ある場所に飾らせていただきます」

 会場に拍手がわき起こった。

 伸一は対文連に引き続き、午前十一時、文化省を訪問した。P・N・デミチェフ文化相との会見のためである。デミチェフはソ連を代表する第一級の文化人でもある。

 前年九月の初訪ソの折、伸一は文化省で、V・F・クハルスキー第一副文化相と会談。民音、富士美術館との交流について提案し、合意をみていた。

 初対面のあいさつのあと、デミチェフ文化相は、メガネの奥の目を輝かせて言った。

 「これまで提起された文化交流については、実現の見通しがつきました!」



引用文献: 注 E・H・ウィルキンス著『ペトラルカの生涯』渡辺友市訳、東海大学出版会