小説「新・人間革命」 宝冠36  8月26日

午後零時半、モスクワ大学の文化宮殿に、ホフロフ総長の弾んだ声が響いた。

 「……モスクワ大学は本日、山本会長に、名誉博士号をお贈りいたしました。その山本名誉博士に、東西文化の交流について、講演していただきます」

 文化宮殿を埋め尽くした約千人の教職員、学生らから、激しい拍手がわき起こった。

 文化宮殿は二層からなり、荘厳で、伝統を感じる会場であった。天井のライトは、大きな花を思わせた。壇上には、ホフロフ総長をはじめ、副総長や各学部長、ソ連対文連の関係者などが並んでいた。

 総長の隣の席に座っていた伸一は、総長に紹介されると、一度、立ち上がり、深くお辞儀をして着席した。

 講演のテーマは、「東西文化交流の新しい道」である。凛とした伸一の声が流れた。

 「昨年九月、金の秋の時期にモスクワを訪れて以来八カ月、近しい、そして、忘れ得ぬ友人との再会を指折り待つような思いで、この大地を踏みしめることができました。

 人と人との忌憚ない、率直な意見の交換というものは、交流の歳月のいかんを問わず、体制の壁をも超えて、旧知の友の情を呼び覚ますものであります」

 モスクワ大学のストリジャック主任講師が、伸一の言葉をロシア語に訳していった。

 妻の峯子は、壇上にあって、祈るような気持ちで、伸一の講演に耳を傾けていた。

 社会主義国の大学では、初めての講演である。しかも、原稿を見ると、人間の心と心の交流を訴える、精神性を強調した内容になっていた。それが、唯物史観に立ったマルクス・レーニン主義ソ連で、果たして受け入れられるのか、心配でならなかったのである。

 しかし、伸一は確信していた。

 “皆、同じ人間だ。ソ連の人びとは誰よりも平和を求め、体制、民族、国境を超えて交流し、人類が結ばれることを、心から望んでいる。それならば、私の主張と共鳴し合うことは間違いない!”